カンポをめぐる狂想曲BACK NUMBER

From:北京「加油!」 

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杉山茂樹

杉山茂樹Shigeki Sugiyama

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photograph byShigeki Sugiyama

posted2008/08/26 00:00

From:北京「加油!」<Number Web> photograph by Shigeki Sugiyama

対戦相手が中国でなくとも、完全アウェーの状況を強いられた日本。

「加油!」の大合唱の中で、これこそがスポーツ観戦の醍醐味であり、

オリンピックは国と国とのぶつかりあいなのだと、あらためて実感した。

 南米ではアルゼンチン。では欧州では? 他国の人からあまり好かれていないと思われている国の話だが、欧州各地で「一番好きではない国は?」と訊ねれば、ドイツという答えが最も多く返ってくる。

 2006年のW杯でドイツは、大会組織委員長のベッケンバウアー以下、その好ましくないイメージを払拭しようと躍起になった。だが、歴史と深く関わる問題だけに、一度ついた悪者のイメージを払拭することは簡単な話ではない。

 ところが、女子サッカーの3位決定戦が行なわれた工人体育場では、ドイツ人には終始、温かい声援が送られた。「加油(チャーヨー)、ドイチュラント!」。スタンドの9割以上を埋めた中国人にとって、彼らは善玉だった。当のドイツ人も、これにはさぞ驚いたに違いない。外国人から滅多に受けない声援を彼らは受けたのである。それもこれも、目の前に確かな悪玉が存在するおかげだ。

 その前日に行なわれた野球では、善玉はアメリカ。「加油、USA!」の大声援がスタンドに轟いた。その2日前に行なわれた女子サッカー準決勝の場合も、声援が向けられた先はアメリカだった。対戦相手が日本だからだ。

 中国人の行動はハッキリしている。日本の試合では、必ず対戦相手に肩入れする。「加油!」の大声援を送る。これは、お約束。

 野球のスタンドに日本人はまだそれなりにいるが、女子サッカーのスタンドには少ない。準決勝、3位決定戦に進出することを予想した人は、決して多くない。工人体育場を埋めた6万人以上の観衆の中で日の丸を発見することは、とても難しかった。

 そして、なでしこジャパンのキャラは悪役。

 「中国人の皆さん、同じアジア人なんだから、大女揃いのドイツではなく、日本を応援してくださいよ」と訴えたところで無駄。理屈は通じない。日本が悪役でないと、彼らのエンターテインメント性は増幅しないのだ。

 「加油、ドイチュラント!」と、面白がって大騒ぎしている中国人と目が合うと、僕は柄にもなく挑戦的な目で睨みつけてやった。すると中には、しおらしくシュンとなる人もいたりするから面白い。申し訳なさそうな、困った顔をする中国人もいる。「後ろに座っている変な日本人が、こちらを睨みつけているから、静かにしよう」と囁きあう人もいた。

 アルゼンチンやドイツになる気持ちは、決して良いモンじゃない。中国人から悪役呼ばわりされ、いじめにも似た仕打ちを受けると、はらわたは煮えくり返りそうになるが、よく考えれば、それこそがスポーツ観戦の醍醐味なのだ。スタンドに漂う不快な空気と戦いながら、ピッチに目を凝らす。相手から罵倒され、ブーイングを浴びせかけられながら観戦するアウェー戦の方が、観戦の思い出は多く作られる。

 3位決定戦に話を戻せば、なでしこジャパンのプレイにブーイングを浴びせかけていた僕の周辺の中国人も、試合後は一転、拍手を浴びせていた。なでしこジャパンの面々が、スタンドの手前まで挨拶に来たからかもしれないが、なでしこジャパンの戦いぶりに、試合中から一目置いていたことは、空気として伝わってきた。「やっぱり、日本の女子選手って巧いよね」と、心の中で呟きながら観戦していた気がする。

 ドイツに敗れメダルは逃したが、好チーム。なでしこジャパンは、まさに美しい敗者だった。憎き(?)中国人からも、惜しまれながら舞台を去っていった。

 金51、銀21、銅28。これは中国の獲得したメダル数だが、圧倒的な強さとはこのことだ。世界は中国に征服されたかのような印象だが、少なくとも、中国のサッカーファンにはそうした自覚はないはずだ。世界で最もメジャーな競技がからきし弱いという問題は、今回も晴れなかった。サッカーは蚊帳の外。中国の泣き所であることが、むしろこれで鮮明になった。中国人がサッカーに関心のない国民なら何の問題にもならないが、実は無類のサッカー好き。欧州サッカーについては、日本人よりはるかによく知っているという現実がある。

 中国がサッカーで世界を征服する日は、訪れるのだろうか。僕の目の黒いうちに、その瞬間を見たいような気もすれば、見たくないような気もする。

 まあ、当面は大丈夫だろう。いつ実現するのか定かではないが、次回、中国戦が実現したとき、僕が日本のサポーターなら、こう叫んで皮肉るだろう。「加油! 加油!」

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