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『Krush GP』に抱いた畏れと、
人智を超えた逆転劇。 

text by

橋本宗洋

橋本宗洋Norihiro Hashimoto

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photograph byTakao Masaki

posted2009/08/28 11:30

『Krush GP』に抱いた畏れと、人智を超えた逆転劇。<Number Web> photograph by Takao Masaki

1回戦ではTURBO(FUTURE_TRIBE ver.OJ)戦でハイキックを浴びせる石川直生(青春塾)。終始TURBOが優勢に試合を進めるも、石川が残り時間15秒で逆転KO勝利をおさめた。

 日本武道館、横浜アリーナなどでのビッグイベントというイメージが強いK-1だが、実は後楽園ホールでもK-1ルールを公式に採用した大会が行なわれている。昨年11月、全日本キックボクシング連盟(現在は解散)を母体にスタートした『Krush』シリーズだ。

“テレビコンテンツ”として、話題性重視の試合が組まれることもあるK-1本戦に対し、『Krush』のマッチメイクは直球勝負。団体の枠を超え、実力者が次々と参戦してくるのだ。

 3大会にわたって開催されている16人参加のトーナメント『Krushライト級GP』にエントリーしたのも、キック界を代表する強豪ばかりだった。このGPは開幕戦が2回に分けて行われ、勝ち残った4人がファイナルを争う。初戦突破さえ簡単ではなく、ファイナル進出は至難の業。普通なら僅差の判定決着が続出するはずである。

KO率「4/6」の異様な事態。

 だが、8月14日の『開幕戦Round.2』は普通の大会ではなかった。トーナメント戦6試合のうちKO決着が実に4試合、しかも逆転KOが三つ。場内総立ちどころの騒ぎではなかった。選手たちが繰り広げる闘いは、興奮を通り越して“畏れ”すら感じさせるほどだった。

 とりわけ凄まじかったのが、石川直生だ。

 TURBOとの一回戦では1Rからパンチを効かされ、2Rに右フックでダウン。最終3Rには顔面へのヒザ蹴りでTURBOを大量出血に追い込むが、リングドクターの判断は「続行可能」だった。ところが、試合終了まで30秒を切り、誰もが石川の判定負けを確信しかけたところで、「僕の右足とTURBOの頭が、磁石みたいに吸い寄せ合った」(石川)。ハイキックによるKO。残り試合時間は、わずか15秒だった。

 準々決勝でも、一回戦で優勝候補の桜井洋平をKOして勢いに乗る水落洋祐のパンチに捕まった。蹴りを得意としていながら近距離の攻防に巻き込まれ、石川は2試合連続でダウンを喫してしまう。立ち上がった石川は真っ先に、ラウンドごとの残り時間が表示される電光掲示板を見上げた。あと10秒ほどで1Rが終わる。クリンチでしのぎ、インターバルでダメージから回復するのが常套手段だ。

 だが、そういう場面で、またしても“磁力”が発生したのである。今度も右ハイキック。意識を抜き取られた水落の体がくの字に折れる。腰の高さまで落ちてきたその頭にヒザを突き差して石川が決勝大会進出を決めた時、電光掲示板には「0:00」と表示されていた。

“ハイキックで倒せる”、説明のつかぬ自信。

 容易には信じがたいほど劇的な連続逆転勝利だったが、石川自身は冷静に受け止めていた。「ダウンしようが残り時間が短くなろうが、焦りはまったくなかったです」と彼は言う。

「特にTURBO戦がそうなんですけど、あれだけ追い込まれても“ハイキックで倒せる”っていう自信があったんですよ。自信っていうより安心感に近い感覚ですかね。でも……」

 その感覚に、根拠は一切なかった。相手の癖を見抜いていたわけでも、ハイキックを集中的に練習してきたわけでもない。経験値の問題でもなかった。ダウンを取られてから逆転したのは、10年あまりの選手生活で初めてのことだ。

「どうしてそういう感覚になれたのか、自分でも説明がつかないんですよ。本当に不思議なんです」

 8月14日、リング上には、人智を超えた特別な何かが確かに存在していた。その何かを味方につけるだけの力を、石川は持っていたということだろう。人智を超えていたのだから、本人でさえ説明がつかないのも、見る者が畏れを抱くのも当然だった。これは、“格闘技の聖地”後楽園ホールでの話なのだ。

石川直生

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