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イングランド代表の見えない明日 

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田邊雅之

田邊雅之Masayuki Tanabe

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posted2007/02/20 00:00

イングランド代表の見えない明日<Number Web> photograph by AFLO

 ベッカムを外すという衝撃的な決断と共に船出した、新生イングランド代表が苦戦している。2月7日にオールド・トラフォードで行われたスペインとの親善試合は0−1で敗北。これでスティーブ・マクラーレン指揮下のイングランド代表は、7戦して3勝2敗2分けという成績になった。しかも直近の4試合に限れば2分け2敗の勝ち星0という有様である。不甲斐無い成績とお寒い試合内容に、58000人のサポーターが監督のマクラーレンにブーイングを浴びせたのは、きわめて自然な流れだった。

 たしかにマクラーレンにとって不利な材料がなかったわけではない。スペイン側のコンディションも万全ではなかったが、ラインナップ的には現時点でのベストメンバーに近い布陣で試合に臨んでいる。これに対しイングランドは主力組がことごとく欠場。リハビリ中のオーウェンを筆頭に、ルーニー、ジョー・コール、アシュリー・コール、テリーといった選手が故障や体調不良などで使えなかったため、マクラーレンはダイヤーやウッドゲイトといった選手まで担ぎ出さざるをえなくなっている。

 事実、試合後の記者会見でマクラーレンが強調したのも、この問題だった。

 「ファンの反応(ブーイング)は理解できる。選手たちの姿勢は悪くなかったし、彼らは努力もしていたが、プレーの質が伴っていなかった。我々が一緒に練習できたのは二日間だけで、しかも欠場する選手が多いためにチームは混乱していた。これは言い訳ではなく(単純明快な)敗因だ」。

 しかし客観的にみるならば、最大の敗因は欠場した選手の数ではなく、やはりマクラーレンの手腕そのものだったと言わざるを得ない。マクラーレンは就任以来、4−4−2、3−5−2と様々なシステムを試してきたが、今回は4−3−3に限りなく近い4−5−1を採用している。前線には右からライト=フィリップス、クラウチ、ダイヤー、中盤はキャリックを底に据えてジェラードとランパードを並べ、守備陣にはガリー・ネビル、ファーディナンド、ウッドゲイト、フィル・ネビル、GKにフォスターを配置した。

 ところが、このシステムはまったくといっていいほど機能しなかった。シュート数こそスペインを上回ったものの、決定的なチャンスを作ることができたのは片手の指で数え切れるほどだった。原因ははっきりしている。たとえばチェルシーやボルトンのように4−3−3でカウンターを狙う場合には、両ウィングの突破力が攻撃の鍵となる。だが今回の試合ではライト=フィリップスが完全に不発。ライン際を抉れないだけでなく、不用意に1対1を仕掛けてチャンスを無駄にすることを繰り返した。他方のダイヤーは度々ゴールを脅かすなど健闘したが、マクラーレンは3トップに拘泥せず、最初からクラウチとデフォーにオーソドックスな2トップを組ませるという選択肢を検討してもよかったはずである。

 攻撃陣以上に問題となったのは中盤の構成だ。守備的MFを一人しかおかない4−3−3では、いわゆる「底」の位置に、マケレレやエシアンのように守備ができる選手がいることが大前提になる。今回この役割を担わされたキャリックは、マンUのファーガソン監督が「ロイ・キーンの後継者に」と期待を寄せてトッテナムから招いた選手だが、現時点では「抑え役」をこなせるほど守備が強いわけではない。この守備の脆さは、左サイドをランパードとフィル・ネビルという、ディフェンス能力がそれほど高くない選手が務めたために悪化。問題の深刻さは「イングランドの左サイドで何度も2対1の状況を作り出せたのは驚きだった」という、スペインのルイス・アラゴネス監督のコメントからも伺える。

 加えてキャリックの起用は、イングランドが世界に誇る中盤の2枚看板、ジェラードとランパードの能力を半減させる結果にもなった。キャリックの守備力に不安がある以上、二人は下がり目にならざるをえない。かといってディフェンスラインでボールを奪ってカウンターに転じようとしても、キャリックから起点となるパスが出てこないため攻撃参加する機会は必然的に少なくなる。一人気を吐いたジェラードはともかく、ランパードはW杯ドイツ大会の時と同様に「存在感がない」と酷評され、「ジェラードと同時にプレーできるのか」という議論まで再燃させてしまった。

 ただしこれはキャリックやランパード個人の問題というよりは、システムそのものの欠陥として捉えられるべきだろう。中盤の状況は、「底」に打ってつけのキング(トッテナム・足甲骨骨折のため欠場)が出場していたとしてもさほど変わらなかったはずだ。イングランド代表と4−3−3の相性の悪さは、今に始まったことではないからである。

 マクラーレンの前任者であるエリクソンは、W杯ドイツ大会の欧州予選、北アイルランド戦のアウェーレグで同じシステムを採用し1−0と敗れている。ルーニーやオーウェンなどの主力が揃っていたにも拘わらずチームが機能しなかったため、エリクソンは一度試しただけであっさりと見切りをつけた。しかもこの時アシスタントコーチを務めていたのは他ならぬマクラーレンである。「愚者は自分の経験に学び、賢者は他人の経験(歴史)から学ぶ」という有名な諺があるが、スペイン戦を見る限り、マクラーレンは自分の経験からさえ学んでいないということになる。

 今回の敗戦で、3月に再開するユーロ2008の地区予選の見通しはさらに暗いものになってしまった(現時点での順位はグループEの3位)。マクラーレン本人は、

 「私は選手のことを信頼しているし、自分に職務を全うするだけの能力があることや、チームを(ユーロの)本大会に導けることを確信している」

 と強気の姿勢を崩していないが、内心は穏やかではないだろう。次の対戦はイスラエルとのアウェーマッチ。FIFAランキングこそ40位と低いが、94年アメリカW杯の欧州予選ではフランスを破り、本大会出場を断念させた難敵である。イングランド代表そのものの行方はさておき、3月24日がマクラーレン個人にとって「運命の日」にならない保証はどこにもない。

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