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勝敗を左右した予想外の要因。 

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横井伸幸

横井伸幸Nobuyuki Yokoi

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photograph byMarcaMedia/AFLO

posted2009/01/27 00:00

勝敗を左右した予想外の要因。<Number Web> photograph by MarcaMedia/AFLO

 とあるレフェリー協会の事務所に1人の少年が入ってきて言った。

 「すいません、僕レフェリーになりたいんですけど」

 応対した職員は、奥にいた同僚に向かって叫んだ。

 「おい、このまぬけなクソガキに申込書をやってくれ」

 これを聞いた少年は、当然怒る。

 「ちょっと、まぬけなクソガキとはなんですか!」

 職員は再び奥に向かって叫んだ。

 「おーい、申込書はいらないよ。この子にレフェリーは無理だ」

 スペインのジョークである。

 レフェリーは罵られるのが当たり前。毎週のように悪口を言われ、叩かれる。それに我慢できないようじゃ、レフェリーは務まらないというわけだ。

 1月19日に行われたレアル・マドリー対オサスナの主審アルフォンソ・ペレス・ブルイは、試合が終わった瞬間から全面攻撃を受けた。オサスナのフアンフランがペナルティエリア内で受けたファウルを2度見逃し、2度ともシミュレーションと判断してイエローカードを出したからだ。もちろんフアンフランは退場させられた。

 国内のあらゆるメディアは「2度とも明らかにPKだった」と声を揃え、ペレス・ブルイを非難した。試合のレビューの中には「ブルイ、辞めろ!」という見出しを付けたものもあった。書いたのは普段レアル・マドリー寄りの記事を載せているスポーツ紙だ。

 オサスナのパチ・イスコ会長は、「試合の最中に元国際レフェリーから電話をもらった。ペレス・ブルイは犯罪者だと言っていた」と息巻いた。レアル・マドリーのスポーツディレクターであるミヤトビッチさえ、オサスナが不利を被ったことを認めた。

 だが、ペレス・ブルイも1部リーグで11季目を迎えるベテランである。この程度の罵声は屁とも思わなかったに違いない。

 それに、こうしたレフェリーのミスは、ちょっと大袈裟にいうと、日常茶飯事だ。その証拠に、「明白で重大なジャッジミスがなかったら」という前提でシーズン前半戦を見直すと、順位は結構変わる。

 たとえば現在3位のセビージャは6ポイントを失って6位に後退する。7位のマラガは4ポイント上乗せで、チャンピオンズリーグ出場圏内の4位にまで上がる。3ポイント帳消しのレアル・マドリーは一段下がって3位に、最下位のオサスナはプラス11ポイントで11位にまで急上昇する。

 だから、ペレス・ブルイの拙いジャッジが嘆かわしいのは確かだが、オサスナとしては事故、あるいは天災に見舞われたと考えるしかなかった。今更ジャッジが覆るわけもないし、メディアの騒ぎだってせいぜい2、3日しか続かない。その後はペレス・ブルイが「へたくそ」のレッテルを貼られ、一件落着だ。

 ところが、今回は違った。試合翌日、審判技術委員会はペレス・ブルイに謹慎処分を下した。すでに決定済みだった国王杯エスパニョール対バルサの担当から外しただけでなく、今後1カ月から2カ月の間、出番を与えないという。

 実は試合の日、ペレス・ブルイはジャッジミスの他に大きな間違いを2つ犯していた。

 ひとつ目はフアンフランに1枚目のイエローカードを出した際「せめてもう少しうまく倒れろよ」と吐き捨てるように言ったこと。

 もうひとつは、試合終了後、「明日テレビで自分のミスに気付くだろう」と言ってきたオサスナの選手に対し、「テレビなんぞ、お前のケツの穴に突っ込んどけ」と暴言を返したこと。

 審判技術委員会はペレス・ブルイにペナルティを科した理由を明らかにしていないが、こうした態度を戒めるためだった可能性は十分ある。

 レフェリーがジャッジを誤るのは仕方がないし、言ってしまえば、それも試合の一部だ。しかし、プロとして一生懸命戦っている選手を、試合の主役である彼らを、脇で盛り立てるべきレフェリーがこんな風に罵倒するのは許されない。少なくともスペインでは、罵られるのはレフェリーの役目なのだ。

 ペレス・ブルイの謹慎が発表された翌日、フアンフランのイエローカードも、1枚だけだが取り消された。オサスナはそれでも納得できないだろうが、リーガ全体のことを考えると、結末としては悪くない。

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