アジアカップ決勝弾丸観戦記BACK NUMBER

第3回:コドモを安心して連れて行けない「マツリ」
 

text by

川端裕人

川端裕人Hiroto Kawabata

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photograph byHiroto Kawabata

posted2004/08/09 12:12

第3回:コドモを安心して連れて行けない「マツリ」<Number Web> photograph by Hiroto Kawabata

 決勝戦のキックオフ前、スタジアムの周辺は中国人サポーターばかりなのに、不思議とピリピリした空気は感じなかった。理由の一つは、子供たちの姿が多かったから。こっちも親子連れなので親近感が湧くのか、声を掛けられたり、目が合うとほほえみ合ったり。

 その時の、子供たちの表情が実によい。紅潮して、気分も浮き立っている様子だ。ぼくはこういうのを見たかったのだと思った。サッカーの「お祭り」なのだから、子供たちにこそ楽しんでほしい。そんな感覚がぼくにはある。

 ゴール裏の1ブロックが丸々、日本サポーター用に割り当てられていて、持っているチケットの種別にかかわらずここに「隔離」される。

 スタジアムはほぼ満席。もちろん、ぼくたちのブロック以外はすべて「真っ赤」だ。前日の三位決定戦との違いは、紙飛行機がほとんど飛ばないことか。ひょっとして中国政府がメディアを通じて発したというマナー向上キャンペーンの成果かもしれない。とすれば、ブーイングだって自粛してくれるかも。

 などと思っていたらやはり甘かった。君が代の演奏は、ブーイングの中に埋もれてぼくらの席まで届かない。

 試合中もものすごいブーイング。ここまで激しいと、逆にスタジアムの環境として受け入れられてしまう部分もあって、気にならなくなるから不思議だ。息子も怖がるというより、目を丸くしておもしろがっていた。

 その「環境」に後押しされて、ゲームもエキサイティングな展開になる。ここまできたら戦術がどうのとか関係なく、ただ応援するのみ。後半、一点リードした局面で、近い方のゴール前で展開されたハラハラドキドキの「ヨシカツ劇場」は、とりわけ、盛り上がった。「ニッポン、ニッポン!」と声を嗄らし、心底から楽しむことができた。我々にもちゃんと夢中になれるサッカーの祭りがあるのだと実感し、誇らしく思った瞬間だった。

 表彰式での多少のブーイングは、予想の範囲内なので気にならず。問題はその後のことだった。

 ぼくたち日本サポーターは安全上の理由からスタジアムに留め置かれた。それも、延々と二時間以上。数千人規模の「反日行動」のせいで外に出るのが危険な状態だったと後で知ったが、この時点ではどうなっているのか分からなかった。

 息子はねむくなって、とろーんとした目で「まだー? まだー?」と繰り返した。ほかにも子連れが少なくとも数十組はいて、子供たちはぐったり眠ってしまったり、「喉がかわいたー」と訴えたり、親に当たり出したり……。それみたことか、こんなところに子供を連れてくるからだ、と言われそうだが、元来、お祭りは子供と一緒に行くものなのだ。そこのところは譲れない。

 結局、スタジアムから「脱出」するためのバスに乗り込むことができたのは、試合終了の二時間後で、ホテルに到着した時には午前零時を回っていた。この時点で、試合での興奮は醒めてどよーんとした疲れが残った。

 中国政府は「けが人なども出ず、大会は成功」と評価するのだろう。

 けれど、ぼくの評価はダメダメだ。子供を安心して連れて行けない「お祭り」なんて、論外なのである。スポーツの祭りをマツリゴトとしての政治に回収してはならない。これらが不可分ではありえないからこそ、意識的に分離しようとしなければ、ぼくらの祭りは永遠に「マツリゴト」のままだ。

 ふと試合前に会った中国人の子供たちの顔を思い出した。あの子たちは、敗北をちゃんと受け入れられただろうか。「たかがサッカー」で過激な「反日」に走ってしまう大人たちに囲まれて、サッカーを楽しむためには必須である「good loserになるためのレッスン」を受け損ねてしまったのではないか。あの素朴な笑顔を一面的な感情で曇らせたりしなかっただろうか。

 一方、息子が中国嫌いになるのではないかと心配したのだけれど、これは杞憂のようでほっとする。試合の応援は楽しかったらしいし、長時間の待機も「ただ疲れただけ」とのこと。また来たいかと問うと二つ返事で「きたーい」と言う。理由は、北京ダックが美味しかったから。ぼくは今、結局はマツリゴトにスポイルされてしまったスタジアムでの極上の興奮よりも、北京ダックに感謝している。

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