レアル・マドリーの真実BACK NUMBER

ベッカムの本気を引き出したもの。 

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木村浩嗣

木村浩嗣Hirotsugu Kimura

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photograph byPICS UNITED/AFLO

posted2005/04/15 00:00

ベッカムの本気を引き出したもの。<Number Web> photograph by PICS UNITED/AFLO

 私は初めて本当のベッカムを見た。

いや、私だけではない。ベルナベウを埋めた7万5000人、バルセロナファンを含むスペイン中の数百万人が初めて、シャツを売りさばく広告塔でもイエロージャーナリズムを騒がせる偶像でもない、真実のサッカー選手を目撃した。

 私は昨季このウエッブで「今週のベッカム」という連載を担当させてもらい彼の1年を追ったが、4月10日のレアル・マドリー対バルセロナ戦は、彼にとって文句なくレアル・マドリーのユニフォームを着てからの最高の試合だった。

  長かった。振り返ればスペインリーグ登場から2季目が終わろうとしている。

 「彼はサッカーのことだけを考えている。彼とともに我われは、グラウンドの内でも外でもより高い存在になる」(2003年7月2日入団会見で)というフロレンティーノ会長の言葉も、今なら尊大にもデマのようにも響かない。ベッカムのレアル・マドリーは、やっとグラウンド「内」でも一段と高い存在になり、会長は彼の契約をスポーツ面から正当化することができた。

  もっとも、ベッカム成功のためには、“銀河系の戦士”の1人フィーゴを犠牲にせねばならなかったことを忘れてはならない。

  かつてフロレンティーノ会長は、ロナウド、ジダン、ラウール、フィーゴ、ロベルト・カルロス、ベッカムの全員を散りばめる宝石箱のようなチームを夢み、「ボランチ・ベッカム」が登場した。

 だが、リーグ首位を独走し、組織と個人技が調和した美しいサッカーでヨーロッパ有数の強豪となった今季のバルセロナを粉砕したのは、右サイドに戻されたベッカムと、2トップに入ったオーウェンと中盤の底のグラベセンという実務的な選手、いわゆる“中産階級”(ジダンたち=スーパースターでも、パボンたち=生え抜きの若手でもない選手)が加わったレアル・マドリーだった。ベンチには“スマートな戦術家”ケイロスではなく、トランシーバーを片手に怒鳴り散らす鬼将軍ルシェンブルゴがいる。

 銀河系化プロジェクトは挫折し修正され、やっと宿敵に大勝するという実を結んだのだ。

  話をベッカムに戻し、その素晴らしいプレーの一端を紹介しよう。

  20分、インサイドでこすり左回転をかけて、キーパーの手の届かない高さから落ちつつ、ロナウドの方へ曲がって行く、ヘディングに優しいフリーキック。頭にボールが向かってくるのだから、ヘディングの苦手なロナウドでも押し込むしか手がない。

  65分、足を振り抜かず甲でボールの下を叩き(卓球のカットのように)、下から上への縦回転をかけて、フワッと浮かし、かつ高くバウンドせずに足元に戻ってくるエフェクト付きの、受け手に優しいロングパス。ループを描く高い軌道のボールだからこそ、オフサイドトラップを外す動き(いったん下がり横走りし爆発的に飛び出す)をする時間的余裕がオーウェンにはあり、弾まないからこそトップスピードでもトラップが容易だった。むろん、こうしたエフェクトとタイミングだけでなく、キーパーが飛び出せず、ディフェンダーがカットできない位置に落とすコントロールも抜群だった。

  「何という繊細さ」と、この4点目のアシストは絶賛されている。

  パスだけではなく、しばしばジオを置き去りにして駆け抜けた躍動感(スピード+強さ)にも驚かされた。ベッカムは速くない。が、スタミナの宝庫であり、突破力は時間がたつにつれ際立っていった。

  彼の力感の塊のような走りは次のプレーによく表れていた。

  43分、センターサークル左でボールを奪ったエトーが突進。ペナルティーエリア内でジュリーの壁パスを受けシュートする寸前に、後ろからベッカムが猛然と足元に飛び込んでカットした。スライディングの勢いでエトーをなぎ倒したが、ベッカムの伸ばした足は最初にボールに触っておりペナルティーではなかった。最後まで決してスピードを緩めず追いかけ、ここしかない瞬間に飛び込んだ。

  “ケガするかも”などと一瞬でも迷えばこういうプレーは出ない。プジョールと激突し、右目のまぶたが腫れて垂れ下がった状態でプレーを続け、3点目を決めたラウール、休まずサイドに流れて味方にスペースを創ったロナウドとオーウェン、小兵のイニエスタやシャビーを体当たりで弾き飛ばし続けたグラベセン、ルーズボールに出足良く飛び込みクリアしていったエルゲラやミッチェルもそうだが、闘争心でレアル・マドリーの選手は遥かにバルセロナを上回っていた。

  そう、本物のベッカムも、強いレアル・マドリーも、アグレッシブだからこそ生まれた。これは選手のプロ意識もさることながら、ルシェンブルゴとフロントのメンタルマネージメントの成果ではないか。

  ルシェンブルゴが手がけた意識改造については、『戦う集団の証明――反則の増加』で紹介した。対バルセロナ戦で犯した21個の反則は、フィジカルコンタクトを恐れない戦う姿勢を作り上げた鬼将軍指揮下では、平均的な数字だ。

  一方、フロントが仕掛けた情報操作については、前回『悲観から、あっという間に楽観へ』で書いた。

 インタビューでは逆転優勝を信じて疑わない楽観的な発言を繰り返し、試合前には過去の栄光のシーンの数々を電光掲示板に流し、スタンドを「今こそ、マドリッド主義者が団結するときだ」「団結こそ力だ。選手とファンは一体になるべし」「ラウール、キャプテン、我われは勝てると信じている」などの“愛国的” メッセージ満載の横断幕で覆いつくす。

  この戦略はクラシコでも繰り返された。

  しかも、放出確実とされ最後の(?)クラシコで無念にもベンチを温める、フィーゴの栄光の名シーンを流す、という手回しの良さだった。

 フィーゴへの激励が表向きの理由だろうが、この粋な計らいにジーンとくるのは本人ではなく、スタンドの観衆だろう。彼らのフィーゴへの愛着は、そのお膳立てをしたフロントへの感謝に形を変える。それによりクラブとファンの絆が強まり、“挙国一致”の興奮状態にスタンドが達したところで、選手たちが入場してくる――。

  面白い演出だ。

 これまでボルテージを上げるための演出と言えば、スペインのサッカースタジアムではせいぜい選手紹介の場内アナウンスで声を張り上げるくらい。サッカー連盟の規定がどうなっているのかは知らないが、そのうちプロ格闘技並みに照明や音響が駆使されるかもしれない。そうなればフロレンティーノ会長率いるフロントは先駆者となるだろう。

 対照的に、好漢ライカールト率いるバルセロナは、やはり序盤に大量失点したチャンピオンズリーグの対チェルシー戦同様、大舞台に飲まれた印象がある。

 銀河系の戦士たちのプライドを刺激して意地を引き出し、ファンのフロント批判をクラブへの忠誠心に転化し、一丸となって戦う姿勢を作り上げたルシェンブルゴとフロレンティーノ会長の手腕が、ベッカムの本領を発揮させ、クラシコでの大勝を呼んだ。やはり、レアル・マドリーはやる気になれば強いのだ。

  残り7試合、首位バルセロナに6ポイント差。

  対外宣伝用の楽観論に過ぎなかった「逆転優勝」の文字が、急に現実味を帯びてきた。

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