Column from EnglandBACK NUMBER

「すごいアーセナル」の、すごい前期末試験 

text by

田邊雅之

田邊雅之Masayuki Tanabe

PROFILE

photograph byGetty Images/AFLO

posted2007/12/13 00:00

「すごいアーセナル」の、すごい前期末試験<Number Web> photograph by Getty Images/AFLO

 恒例の流行語大賞が発表されたが、欧州サッカー関係者の間で最も流行した台詞は「今年のアーセナルはすごい」だった。3年前に無敗記録を樹立したチームを連想させる美しいサッカー。日本では無名な若手の積極起用。話題を呼んだのは十分に理解できる。

 しかしアーセナルの躍進は、突然変異の賜物ではない。彼らが披露するサッカーの特徴は昨シーズン萌芽していたもので、ある意味、正常進化の結果だからだ。

 最初に挙げられる特徴はシステム。今シーズンは定番の4−4−2に加え、4−5−1や4−1−4−1も併用している。だがコンセプトは4−6−0や2−8−0に近い。トップをあえて「0」と書くことについては繰り返すまでもないだろう。

 以前コラムで指摘したように、「トップレス化(裏返しとしてのトップフル)」はアンリが戦線離脱した昨シーズンから顕著になっていた。それが“正式離脱”で加速したに過ぎない。たしかにアデバイオールは1トップに近い働きをしているが、シーズン序盤はファンペルシやファブレガスも同じようなペースで得点を決めていた。それどころか現在は両SBが絶えず攻撃に絡んでいる。これがDFを「2」とする根拠だ。上記のコラムでも引用した「二人のセンターバックを除く選手全員がフレキシブルに動きながらプレーすることが、ますます求められてくる」というベルカンプの予言は、見事に成就した形になる。

 大胆なシステムの採用を可能にするのは、二つ目の特徴であるユーティリティの高さだ。ライバルのマンUも、この点では優れた選手が多いが、アーセナルはその上を行く。ファンペルシ、フレブ、ロシツキー、ウォルコット、エデゥアルドあたりは前目ならどこでもこなせる。DFとMFを掛け持ちしてきたフラミニやシウバだけでなく、エブエなどもユーティリティ性をいかんなく発揮し始めた。若手を様々なポジションで試し、選手とチームの可能性を引き出すベンゲルの手法は、いまや職人芸の域に達した。

 ユーティリティの高さは、三つ目の特徴となる驚異的なポゼッションにつながる。これも昨シーズンから時折見られたもので、ポジショニングやパス回しが進化したことで磨きがかかったと考えるべきだ。まずポジショニングでは、選手の間隔がわずかではあるが確実に広がっている。これはエミレーツのピッチに慣れてきたからに他ならない。結果、選手はボールを取られそうでとられない絶妙な距離を保ち、巧みにポジションチェンジしながらサイド攻撃を展開するようになった。つっかけられればするりとかわし、プレスがかからなければそのまま上がっていく。マンUのロナウドと同じことをチーム全体としてやっているわけだ。しかも懐深く構えているため、ローマのような「オーバーキル(味方同士の間隔が詰まりすぎてスペースがなくなる状態)」は回避できる。

 パスの繋ぎ方も独特だ。ポゼッションを高める上で鍵を握るのは、実はバックパスの活用法になる。「対角線にパスを出せ」はベンゲルのモットーだが、角度のついたバックパス(たとえば左斜め前から)を、違う角度で短いスルーパスのように渡すプレー(たとえば右斜め前へ)を多用するようになった。これは支配率を高めるだけでなく、相手の逆をつき、一気にサイドをえぐる効果ももたらす。

 ただし注意しなければならないのは、アーセナルはポゼッションの高さを前提とした遅攻やショートパスだけのチームではないという点だ。自軍のボックスからでも3本程度のパスで相手ゴール前までボールを運べるし、アデバイオールが強引にヘディングを放ったり、ファブレガスがミドルシュートを決めるケースもある。またカウンターを浴びた際には、フラミニを筆頭とする選手が泥臭いプレーで攻撃の芽を摘むことも辞さない。

 こうした遅攻と速攻の使い分けは、4番目の特徴、スピードアップとスペースの減少に対応したMFの変化に関係する。今や古典的な10番(トップ下)は絶滅の危機に瀕しており、ゲームは中盤から作るのが当たり前になった。しかも最新型のMFは、ゲームメイカー(組み立て役)というよりは、チャンスメイカー(決定的な仕事師)としてプレーする。ミドルシュートの増加だけではない。ファブレガスが通す1本のパスは、ベルカンプが魅せたラストパスと同じほどの役割を担うようになった。しかもパスのスピードと距離が伸びた分だけ、“殺傷能力”は上がっている。MFの変貌については別の機会に詳述するが、すでに3年前から注目株だったファブレガスは、真のキーマンへと成長した。

 繰り返しになるが、アーセナルは今シーズン、いきなり素晴らしいサッカーを始めたわけではない。それは論理的にもありえない。もちろんここまで大化けする──アンリが抜けた穴を埋めて一足飛びに成熟するとは思わなかったが、以前から着々と打たれていた布石が、予想以上の早さで開花・結実しただけなのである。

 むしろ本当の見所はこれからになるだろう。現在、チームではファブレガス、フレブ、フラミニと中心選手に怪我人が続出している。ファンペルシの欠場が前期の中間試験(試練)だったとすれば、16日のチェルシー戦から正月明けまでの試合は期末試験に相当する。事実、9日のミドルズブラ戦では、プレミアの無敗記録も途切れてしまった。特に痛いのはファブレガスの故障だ。彼がCLのセビージャ戦で負傷した4日後、2−1でアストン・ビラに勝利した試合でベンゲルはコメントしている。

 「1試合だけならなんとかなっても10試合となれば話は別だ。セスクにはチームにいてほしい。彼は欠かせない選手だし、彼がいることでチームの出来はよくなる」

 だが、この状況はアーセナル・ウォッチャーにとっては一興でもあるはずだ。看板役者が本調子ではない中、ディアビ、ディアラ、デニウソン、ウォルコットのような名脇役が窮地をいかにしのぎ、チームのサッカー偏差値をどう維持していくか。それが出来れば「今年のアーセナルはすごい」という台詞は、さらに説得力を増すことになる。

ページトップ