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From:ミラノ「“お隣”へのライバル意識。」 

text by

杉山茂樹

杉山茂樹Shigeki Sugiyama

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photograph byShigeki Sugiyama

posted2007/05/08 00:00

From:ミラノ「“お隣”へのライバル意識。」<Number Web> photograph by Shigeki Sugiyama

欧州のサポーターたちの、同じ街のチーム、

隣街のチームへのライバル心は相当なもの。

自らの成功も、ライバルの成功で喜びも半減してしまう。

 リバプール空港は、ジョン・レノン空港というたいそうな別名で呼ばれている。だが、空港の規模はけっして大きくない。ニューヨークのJFK(ジョン・F・ケネディ)空港はたいそうな名前に相応しい空港だが、ジョン・レノン空港は、それとはまさに対照をなす小さなマイナー空港だ。欧州のメジャー都市との間を結ぶ便数はとても少ない。

 格安航空会社の最大手である“easy

jet”が、バルセロナとの間に便を設けているので、僕などは、これ幸いとばかり積極的に利用させてもらっているが、それでもシーズンに1度か2度程度。リバプールを目指す場合、大抵はマンチェスター空港に降り立ち、そこから約1時間かけて電車で移動することになる。

 そのうえリバプールは、ホテル事情も悪い。部屋数が少ないので、サッカーのビッグマッチ当日は、市内のホテルはどこも満杯。2万円出しても、連れ込み宿風の安普請がやっとという状況に陥る。ホテルも空港も、リバプールはマンチェスターにその大小関係において、完敗を喫しているというわけである。

 今回もいつも通り、空港も、ホテルもマンチェスターを利用した。火曜日にアンフィールドでチェルシー戦を観戦した後、マンチェスター・ピカデリー駅近くのホテルに泊まり、翌水曜日の朝、マンチェスター空港からミラノを目指した。

 空港のチェックインカウンターで「ミラノまで……」と言って、搭乗手続きをしようとすると、係員の女性は「あなたもサッカーね」といって、にこっと笑顔を向けてきた。彼女が僕をサッカーファン、いや、マンUファンと勘違いしたことに疑う余地はない。そういうことにしておいた方が良い座席を割り当ててもらえそうなので、もちろん僕は否定しなかったのだけれど。

 搭乗までの間、僕は空港内のビジネスラウンジで、時間を潰すことにしたが、案の定、そこにもサッカーの匂いが漲っていた。ビジネスマン風の男性3人組が、本日の試合の展望について、熱い調子で語り合っていたのだ。

 機内でもマンUファンは簡単に発見できた。赤いユニフォーム姿は際だつのだ。

 1週間前の出来事を、思い出さずにはいられなかった。上海で行われたアジアチャンピオンズリーグ、浦和対上海申花戦。試合の翌日、日本行きの飛行機にレッズファンは数多く乗っていた。だが、赤いユニフォーム姿はゼロに近かった。レッズファンだと言うことを、隠そうとしているようにさえ見えた。

 ミラノにアウェー観戦に出かけるマンUが、僕の目には、馬鹿になりきれていると言う意味において、ひどく幸せな人たちに見えた。

 もっとも彼らが、馬鹿になりきらなければいけない、強烈な動機を持ち合わせていたことも確かだった。前日、リバプールがチェルシーを破った事実が、マンUファンに重くのしかかっていたことは想像に難くない。マンUファンに、最大の敵はどこかと聞けば、リバプールと答える人は相当数に上る。ローカルで身近な敵ほど憎らしく見える欧州人特有の“民族主義”に照らせば、マンUファンにとって、ロンドンのアーセナル、チェルシーへの敵対心は、リバプールへのそれに劣る。

 そこで思い出してしまうのが、一昨シーズンのエバートンだ。彼らは前シーズンの国内リーグで、憎きリバプールをかわし4位に入った。チャンピオンズリーグ予備予選3回戦に出場する機会を得た。対戦相手はビジャレアル。スペインの弱小チーム相手に敗れるはずがないと、エバートンサポーターは意気揚々とそのアウェー戦の観戦に出かけた。

 アウェー戦当日の朝、ジョンレノン空港の構内は、バルセロナ空港経由でビジャレアルを目指すブルーのエバートンカラー一色で埋め尽くされていた。

 その前日、リバプールがアンフィールドでCSKAソフィアに勝利を収め、本大会出場を決めていたことも、彼らのサポート精神に輪を掛けた。リバプールには負けられない。局地的な“民族意識”が大きな動機であることは、この日のマンUファンと同じだった。

 リバプールはその前のシーズンのチャンピオンズリーグで優勝を飾っていたが、国内リーグで5位に終わったため、当初、予備予選への出場は認められないはずだった。チャンピオンズリーグの覇者に与えられていた翌シーズンの出場権が、そのシーズンから廃止されたためである。しかし、UEFAは特例を認め、リバプールに予備予選1回戦からの出場権を与えた。国内リーグでリバプールに競り勝ち4位になったエバートンにとり、このUEFAの裁定は、面白いモノではなかったはずだ。

 ビジャレアルに乗り込もうとジョンレノン空港に集ったブルーの軍団に、しかし幸は微笑まなかった。エバートンはビジャレアルに完敗を喫してしまったのだ。

 では、本日のマンUはどうなのか。05−06シーズンの、エバートンの二の舞になるのか。イングランド人同士の争いながら、他人の喧嘩ほど興味をそそられるものはない。ブックメーカーは、オールドトラッフォードで行われた第1戦の結果(3−2)を受け、マンU優勢の予想をかなり明確に打ち出していた。だが僕の目には、それがかなり怪しいものに映っていた。ホームで3−2は、アウェーゴール数を考えると、ほぼ5分といっていい結果だ。ブックメーカーの本拠地はイングランド。自国のよしみが予想を甘くしているのではないか。僕はマンUファンの行く末に一抹の不安を抱きながら、彼らと共にミラノ入りした。

 試合が終わったいま、リバプールファンの高笑いが、聞こえてきそうである。それと同じぐらい失望しているマンUファンの落胆も。リバプールがもしチャンピオンズリーグを制すれば、マンUがプレミアのタイトルを獲得しても、喜びは半減してしまう。

 インテルファンについてもそれはいえる。ミランが欧州一に輝けば、セリエA優勝の感激は、たちまちどこかに吹っ飛ぶ。

 翌朝、ミラノのホテルをチェックアウトする際に、フロントマンが思わず浮かべた悲しげな顔が忘れられない。彼は僕にインテリスタだと告げた。

 笑いたくても、絶対に笑えない重々しいムード。何度体験しても、これに飽きることはない。僕の旅の大きな魅力の一つになっている。今回の原稿が重めになったのも致し方なしだ。

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