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スターなき日本代表。 

text by

海老沢泰久

海老沢泰久Yasuhisa Ebisawa

PROFILE

photograph byToshiya Kondo

posted2006/11/20 00:00

スターなき日本代表。<Number Web> photograph by Toshiya Kondo

 11月15日のサッカーのアジアカップ予選、サウジアラビア戦は久々に見ごたえのある試合だった。3対1で勝ったからばかりではなく、得点の取り方も見事だったからだ。

 とくに、今野から左サイドを駆け上がった駒野にボールが出て、それを中央に折り返したところを、中央右サイドから走りこんだ我那覇が決めた3点目は、まさにカウンター攻撃の見本のような得点だった。あれで胸がスッとした人は多いだろう。オシム監督下での日本代表最高の形だったのではあるまいか。

 清雲栄純氏も、翌日の産経新聞の戦評で、「オシム監督になって以降、今年の集大成といっていい内容だった」

 と絶賛していた。

 しかし、それでもぼくはソファーに横になってテレビを見ているうちに、途中で眠ってしまったのである。最近の日本代表戦では、そういうことが実に多くなった。

 かつてはそういうことはなかった。ぼくの奥さんなどは、日本代表戦のある日は肉料理を食べると勝つというので、夕食に必ず肉料理をつくるほど気合を入れていたのである。むろん、そういうこともしなくなってしまった。

 一言でいうと、見ていて面白くないのである。

 それはぼくだけではないようで、テレビの視聴率も落ちてきている。8月16日のアジアカップ予選初戦のイエメン戦こそ19.1パーセントあったが、以後は落ちるばかりで、10月11日のインド戦は12.3パーセントだった。その理由は、協会の川渕キャプテンの言葉に尽きるだろう。

 「一般のファンが知らない選手もいて、やむをえない」

 ようするに、現在の代表にはスターがいないのである。

 スターというのは、決定的なところで決定的なことをするとわれわれに期待させる選手だ。だから、われわれはいつどんなことをするか分からない彼らの動きをわくわくしながら見守るのである。

 トルシエ監督のときもそうだったが、とくにジーコ監督のときの代表選手は、多かれ少なかれ、みんなスター選手だった。すくなくとも、前述のインド戦後に川渕キャプテンは巻をつぎのように評したが、

 「ボールは止められないし、シュートは入れない。下手なんじゃないか」

 そういう選手はいなかった。

 しかし、スターたちはドイツワールドカップでまったく結果を残せなかった。彼ら自身がスターを寄せ集めただけでは勝てないということを証明してしまったのである。だから、オシム監督が名前をも知らないような若い選手ばかり代表に呼んでも、そこからかつてのスターたちを加えろとは誰もいえない。

 それとも、かつてのスターたちはみな地に堕ちて、いまの日本にはスターはいないのだと考えたほうがいいのだろうか。そうすると、ぼくはないものねだりをしていることになるが、スターの存在しないスポーツの試合がつまらないということは、いずれにしても変わらない。

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