カンポをめぐる狂想曲BACK NUMBER

From:千葉「違和感。」 

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杉山茂樹

杉山茂樹Shigeki Sugiyama

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photograph byShigeki Sugiyama

posted2007/05/21 00:00

From:千葉「違和感。」<Number Web> photograph by Shigeki Sugiyama

日本代表の練習には多くの報道陣やファンが集まった。

でも、代表の練習試合にも、ファンの反応にも、

報道陣の取材にも、何だか妙な違和感を覚える。

 突然、日本代表の練習時間変更を伝えるFAXが、協会から送られてきた。本日、15時スタートだった当初の予定が、14時に1時間繰り上がったのだ。それを確認したのは正午過ぎ。僕は、ドライバー役を務めてくれることになっていたN君に、さっそく携帯でその旨を伝え、ピックアップしてもらう時間を、1時間早めてもらうことにした。

 僕の自宅からの所要時間は40分。高速道路の流れは順調で、我々は13時40分には、習志野・秋津サッカー場に到着した。まさに余裕の到着である。急なスケジュール変更にも、スマートに対応した自分に、拍手を送りたい気持ちで一杯だったが、現場に到着すると、自分に酔いしれているのが、僕ぐらいであることに、簡単に気づかされた。

 スタジアムには独特の熱気が、すでに充満していた。何時間も前から漂っているような、こなれた空気感である。日本代表を取材するんだったら、そのくらいのことでガタガタしてはダメ。慌ただしそうにしている報道陣の背中は、無言でそう語っていた。

 サッカーの日本代表は、スポーツ記者にとって憧れの取材対象なのだろう。群がっている報道陣は、実際、スポーツ記者のなかでもエリートなのかもしれない。練習時間変更など、協会からFAXが送られてくる前に、キャッチしていた可能性は高い。そんなこんなを考えてると、途端に自分がずいぶん暢気な人間に見えてくる。

 スタンドには、一般のファンの姿も目立った。彼らはいったい、どこから情報を仕入れているのだろうか。協会から送られてきた情報には、内緒にしておかなければならないこともある。日本代表の練習スケジュールなどは、その最たるモノだ。しかし、現地を訪れたファンたちは、スタジアムにすんなり受け入れられていた。客席からピッチの模様を自由に眺めることができたのだ。オシムが基本的に備えているサービス精神が、それを許しているのだろう。

 ファンには、特に美味しい一日だった。流通経済大との間で、30分×4本の練習試合が組まれていたからである。これで入場無料とあれば、無理してでも訪れる価値はある。ピッチには、熱い視線が注がれていた。

 オシム監督は、選手にシンプルなプレイを心がけさせたという。怪我を恐れたこともあるのだろう。近々、重要な試合が迫っているわけではない。オートマティズムを深めるための、これは単なる合宿に過ぎない。

 その点は重々承知しているつもりだ。しかし、練習試合といえど、試合は試合。プレイする喜びや、果敢さ、少なからずの殺気に、満ち溢れているのが自然だ。

 ドリブル禁止令でも出ているのかと思いたくなった。選手が1対1の場面で、勝負を仕掛けることはなかった。ほぼ一切。選択は「パス、パス、パス」のオンパレードで、タメもなければ、サイドチェンジもない、言ってみれば、抑揚のない平凡なパスばかりだった。

 シンプルといえばシンプルだ。だが僕の目にはシンプルというより、ミスを恐れた消極的なプレイに見えた。日本の悪しきサラリーマン社会の縮図を見せられるようだった。観衆の目より監督の目が気になって仕方がない、あまり恰好の良くない人たちに見えた。

 日本にドリブラーが出てこない理由も分かる気がした。かつて僕は、どこかにウイングを置く布陣が少ないからだと書いた記憶があるが、理由はシステムだけではない。勝負を積極的に挑もうとしたがらない安全第一のメンタリティも見逃すことはできない。これでは、良いFWも育たない。

 僕は、流通経済大学相手に、安全第一のプレイを心がける日本代表の試合運びを、例によってぶつぶつ言いながら眺めていた。僕が一般のファンなら、パス、パス、パスにたまりかね、ヤジの一つや二つは、飛ばしていただろう。

 ところが、実際のスタンド風景は、滅茶苦茶静かなのだ。不思議なくらい。喜怒哀楽の感情は湧いてこないのだろうか。Jリーグのゴール裏席を埋めている各サポーターとの差は著しい。柏のゴール裏サポーターを、この場に連れてきたい衝動にふと駆られた。ゴルフトーナメントのスタンドだって、もう少し騒々しいはずだ。「Quiet」の表示板は、いつでも翳されているわけではない。いったい、本当の日本人像はどちらなのか。

 「パス、パス、パス」。ピッチから聞こえてくるサウンドには、サービス精神のかけらも感じられない。でも観客は怒らない。女性のファンに至っては、練習試合が終わると、出入り口付近に押し寄せ、選手にサインをねだろうと必死になる。そのいっぽうで、取材に訪れた報道陣には、エリートっぽい人が目立つ。みんな一生懸命に、選手のコメントに耳を傾けている。ふと、寝違えてしまったような違和感を覚える。一言でいえば、サッカーっぽくないのだ。下世話さゼロ。外国との一番の差だといえる。砕けてしまった方が、僕は楽だと思うのですが。

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