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「小」リバプールの戦いはアートだった。 

text by

杉山茂樹

杉山茂樹Shigeki Sugiyama

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photograph byMichi Ishijima

posted2005/04/20 00:00

「小」リバプールの戦いはアートだった。<Number Web> photograph by Michi Ishijima

 まさにチャンピオンズリーグの真髄を見た気がした。いや、お見事。アートだったとさえいえる。「デッレ・アルピ」で行われた準々決勝第2戦。リバプールはラファ・ベニーテスの完璧な理屈を、ピッチ上で完璧に表現し、ユベントスという強者を鮮やかに退けた。

 スコアは0−0。あるいは、退屈きわまりない試合に映ったかも知れない。何がアートだ。いい加減にしろ!読者の中には、怒り出す人もいるだろう。それはそれで一理あるので、否定するつもりはない。だが、小が大を、知恵をもって封じる姿にこそスポーツの醍醐味があると信じて疑わないモノにとってはこの上ない痛快劇に映ることも、理解頂きたい。

 この試合は、7日間というハーフタイムを挟んだ、アウェーゴールルールに基づく180分の試合の後半戦だ。一般的な90分の試合に比べ、2倍以上のストーリー性がある。アンフィールドで行われた第1戦のスコアはリバプールの2−1。つまり「小」のリバプール側から見た焦点は、どのようにして逃げ切るかにあった。

 逃げ切るという言葉からは、とかく「守る」を連想する。そして守るという言葉は、自軍のゴール前を固める絵を想起させる。守りを固め、カウンターであわよくば貴重なアウェーゴールを狙う。それが「小」にとっての常套手段に思える。ともすると、好ゲームを期待する第3者には、情けない哀れな存在に見えがちだ。

 リバプールが素晴らしいのは、そうした一般論から大きく外れる戦いをアウェーの地「デッレ・アルピ」で披露したことだ。ゲームを押し気味に進めたのはユベントスだった。60%対40%というボール支配率にもそれは表れている。しかし、ユベントスは最終ライン付近まで、自由にボールを操って攻撃を仕掛けていたわけではない。ボールを奪われる位置は、多くの場合、ペナルティエリアのはるか手前だった。中盤で相手のプレッシングを浴び、撤退を余儀なくされた。

 ペナルティエリア付近まで侵入したとしても、次に仕掛ける攻撃は、自軍ゴールに近い場所だった。つまり攻撃は連続しなかった。1回攻めたら、大きく後退を繰り返した。低い位置でのボール回しに多くの時間を費やした結果が、60対40というボール支配率に反映されたと言っていい。

 リバプールのバックラインは、終始高い位置をキープした。時間とともにズルズル後退することはなかった。ユベントスの選手がボールを持てば、後ろを怖がらず、前へ前へ勇気を持ってプレスを掛けた。そういう意味では、ずいぶん攻撃的だった。

 昨季、UEFA杯とリーガ・エスパニョーラの二冠を制したバレンシアと、瓜二つのサッカーである。采配を振るっていたのは、現リバプール監督。ベニーテスは、ベースをイングランドに移しても、自らの哲学を鮮やかに実践している。

 昨季、リーガ・エスパニョーラで喫した失点は27で、同20チームの中で群を抜く少なさだった。それだけを取り上げると、ベニーテスのサッカーはとても守備的に思える。実際、そうした指摘は少なくないが、奪った得点に目を向けると、決めつけは禁物であることが判明する。その71得点は、レアル・マドリーに1点だけ及ばぬリーガ2位の成績だ。さらにバックラインの高さは、ゴールラインから平均で40mを維持したというデータもある。

 できるだけ高い位置でボールを奪い、相手の守備陣形が整わぬ内に、一気にゴールに攻めたてる。(昨季の)バレンシア&(今季の)リバプールのサッカーは、アリゴ・サッキ時代のミランそのものといえる。イタリアにあって、最も攻撃的と言われたサッカーだ。ベニーテスは、過去から学ぶべきモノとして、こちらのインタビューにこう語った。「クライフのバルセロナ、キンタ・デ・ブイトレ時代(80年代・監督はベーナカー)のレアル・マドリー、そしてアリゴ・サッキのミランだ」と。

 この準々決勝は、誇張を交えれば、カペッロ率いるユベントスが、アリゴ・サッキの亡霊に屈した一戦との見方も出来る。

 アリゴ・サッキの亡霊集団は、続く準決勝でいまをときめくチェルシーと対戦する。順当に考えれば、60対40でチェルシーとなるが、僕はせいぜい55対45位じゃないかと思っている。思いのほか接戦になるに違いない。

 ついでに、もう一つのカード、ミラン対PSVについて言及させてもらえば、こちらも70対30の下馬評に対して、60対40位には迫りそうな気がする。ヒディンクのサッカーも、かなりベニーテスに似ている。もし、番狂わせが起きれば、それこそアートだと言わざるを得ない。さて結果はどうなるか。「小」好き、波乱好きの僕は、いま密かに胸をワクワクさせている。

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