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石井慧、最強への道のり。 

text by

石塚隆

石塚隆Takashi Ishizuka

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photograph byTakuya Sugiyama/JMPA

posted2008/10/15 00:00

石井慧、最強への道のり。<Number Web> photograph by Takuya Sugiyama/JMPA

 「常に大和魂を持って、天皇陛下のために戦いました」

 まったくもって、あらゆる意味でドキドキさせる男である。北京オリンピック柔道100kg超級金メダリスト・石井慧という男は……。

 五輪前からさまざまな珍妙な言動で物議を醸してきただけに、10月9日に皇居で行われた五輪選手が招かれてのお茶会では、石井のまわりを取り囲む空気は妙な緊張感が漂ったにちがいない。でもって、陛下を前に冒頭の発言である……。怖い物知らずというのか、神経が図太いというのか、場の空気を読めないというのか……。まあ、それが彼の特異な部分であり、個性と言ってしまえば、ハイそれまでよ。いずれにせよ、これまで五輪でメダルを取るような選手としては、珍しいタイプであることは間違いない。いわば、アマチュアらしくないとも言える。

 そうなのだ。石井はある意味プロ向きなのかもしれない。発言に洗練さや人に訴えるモノが足りないだけであって。

 石井の総合格闘技転向に関する騒動は報道で知っての通り。転向する、しない、二転三転し結局は「まずは卒業」といった要領の得ない結論が導き出された。

 そもそも格闘技を少し知っている人間であれば、石井が総合に興味があるのは分かっていたこと。彼は、金メダルを取った後の会見でこう言ったのだから。

 「世界で一番強い男というのは、フィジカル、メンタル両方強くなくてはいけません。ヒクソン・グレイシーだとかエメリヤーエンコ・ヒョードルだとか強い選手はまだいます。自分は全然まだまだです」

 現役の柔道選手に「総合に興味あり」ということを匂わせる発言をする者は過去にもいたが、堂々とヒクソンやヒョードルを引き合いに出して強さを語る柔道選手は初めてではないだろうか。ましてや、世界の頂点に立つ五輪金メダリストゆえにその影響力と驚きは半端ではない。しかも「自分はまだまだです」と一瞬殊勝なようだが、よくよく考えると全柔連の面目丸つぶれな発言をしているところもスゴい……。まあ、本人には別に悪意があるというわけじゃないのだろうけど。うーん、いろいろと誤解を受けやすく、この世では生きにくいタイプなのかもしれないな……。

 全柔連との兼ね合いもあり、現在は明確な方向性は示していないが、総合のリングに登場するのも、そう遠い未来の話ではないだろう。

 というわけで、こうなると気になるのは石井の実力である。

 ポテンシャルは言うまでもなく本物。世界レベルのパワーもあり、また21歳という若さは無限の可能性を秘めている。柔道のメダリストともなると寝技に強いのは当たり前なのだが、石井はそれに加えすでに柔術の道場に通い柔術の茶帯を取得している。これはかなりの腕前と見ていいだろう。総合に流用できる寝技ということを考えれば、やはり柔道よりも柔術に分があるので、柔道選手にありがちな“倒して上になったはいいが展開がない”ということも少ない。また、石井はすでに柔道着を脱いだ裸での組み技(グラップリング)にも取り組んでおり、着々と総合への準備は進んでいるようだ。

 しかし、最大の問題は打撃である。柔道家にとって最も高い壁となるこの技術を習得しなければ、石井の望む最強への道に至ることはないだろう。例えば、秋山成勲を見ても分かるように、確かな打撃の技術を備えてこそ柔道家は、初めて“寝てよし”の展開が作れる。同じく柔道出身のヒョードルもしかり。ストライカーのミルコ・クロコップと堂々と打ち合えるスキルがあるからこそ、ヒョードルの寝技は結果的に生きるのだ。また高い打撃レベルになくとも、吉田秀彦のように最低でも基礎的な技術と正面から打ち合えるハートがなければ、柔道家は総合格闘家として大成しないだろう。

 さて、石井はどうか。アメリカへ打撃練習に行くという話があるのだが、まだ本格的に練習をしていないようだ。だが、そのセンスは計り知れない未知の領域にある。あれだけの虚勢とも思えない発言や、プレッシャーのきつい五輪を戦い抜いたことを考えればハートの部分は問題なさそう。動体視力も人並み以上のものがあるだろう。

 気になるといえば、石井の体重から考えればヘビー級で戦うことになるが、180cmという石井の身長はこのクラスではいささか小さくリーチが短いように思える。そこをいかに克服するのか。

 早ければデビューは年末なんて話も出ているが、それは時期尚早だろう。大きな話題の少ない格闘技界に登場した久々の金の卵である。出し惜しみせず見たい気持ちもあるが、柔道との兼ね合いもあるので、できることならば慌てず急がずじっくり腰をすえて総合に取り組んで欲しい。そして願わくば、洗練された発言を駆使しつつ、今度はリングの上でドキドキさせてほしいものだ。

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