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既成概念を覆した優勝。 

text by

海老沢泰久

海老沢泰久Yasuhisa Ebisawa

PROFILE

posted2006/01/17 00:00

 今年の全国高校サッカー選手権は、久々に見ごたえがあった。

 滋賀代表の野洲高校の試合を見て、

 「なんだ、こいつらのサッカーは」

 と思ったのがはじまりだった。

 一発勝負のトーナメーント戦では、勝つというよりも負けないために、確実で安全なプレーが要求される。相手にボールを奪われやすい個人技での突破などはもってのほかのことだ。

 だが、野洲高校はちがった。どこからでもドリブルを仕掛け、トリッキーなヒールパスで相手を翻弄した。むろん、それで相手にボールを奪われ、チャンスを逃すこともあったが、彼らはまったくかまわなかった。

 じつに面白かった。まるでブラジルのサッカーを見ているようだった。

 しかし、面白いとは思ったが、優勝するのはむずかしいだろうとも思った。彼らのようなチームが組織力にすぐれたチームに個人技を封じられ、一発のカウンターで敗れるのを何度も見てきたからだ。

 ところが、彼らは最後までそうはならなかった。しかも、おどろいたことに、決勝の鹿児島実業戦での決勝ゴールも、ペナルティエリア前でのヒールパスから生まれたものだった。最後の最後まで自分たちのサッカーをやりとおして勝ったのである。

 それを、ある新聞はつぎのように書いた。

 「『技術と創造性』が『強さとスピード』にまさった」

 つまり、われわれは、最初はやたらに面白いサッカーにおどろかされ、つぎはそのサッカーが勝つことだけのために訓練されたサッカーに勝ったことで二度おどろかされたのである。だが、その秘密があきらかになってみれば、おどろくべきことでも何でもなかった。「高校サッカーを変える」

 それが野洲高校の監督のスローガンだったそうだが、彼は高校、大学のときはレスリングの選手で、サッカーの経験はほとんどないのだという。大学生のときにドイツに留学してサッカーに魅せられ、それでサッカーの指導者の道に進んだのだということだった。

 そのため、彼には、日本のサッカー関係者がどうしても捨てられない考え、たとえば日本人は個人としてよりも組織となったときのほうが力を発揮するというような考えはなかった。ただ、サッカーというのは本来面白いものだという考え方があって、それを理想としてチームをつくってきたのであろう。

 「レスリングをやってきたやつに何ができる」

 とサッカー関係者にはバカにされてきたそうだが、サッカーの素人だったからこれまでの考え方にとらわれないことができたのである。

 ここ1、2年、各種スポーツの日本代表の監督やコーチに外国人が就任する例が多くなっている。サッカーはいうまでもないことだが、バスケットボール、ラグビー、スキーのジャンプなど、じつにさまざまだ。彼らも日本人のスポーツに対する考え方や方法を知らないという意味では素人だ。これも、これまでの日本人の玄人の考えにはとらわれまいとする意識のあらわれにほかならない。

 どの時代のどの分野でも、新しいことはつねに素人によって試みられる。日本のスポーツ界は、いまそういう時期にあるのではあるまいか。野洲高校の成功はその最初のきざしなのではないかという気がしている。

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