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ゴルフの常識を覆した男、
セベが遺した数々の伝説。
~セベ・バレステロスの早すぎる別れ~ 

text by

三田村昌鳳

三田村昌鳳Shoho Mitamura

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photograph byTaku Miyamoto

posted2011/05/29 08:00

ゴルフの常識を覆した男、セベが遺した数々の伝説。~セベ・バレステロスの早すぎる別れ~<Number Web> photograph by Taku Miyamoto

メジャー5勝を含む、通算91勝。セベの数々の伝説は、ウッズや石川遼にも影響を与えた

 スペインの星と呼ばれ多彩な技術を魔術師のように操る名手。何よりも常識を破る大胆なプレーで数々の伝説を残したセベリアーノ・バレステロスが、5月7日、54歳という若さでこの世を去った。2008年に脳腫瘍となり数度の手術を受け治療中だった。

 セベ・バレステロスのプレーを初めて見たのは、'76年の全英オープンだった。日本から単身で予選会に挑戦した鈴木規夫の取材を兼ねてロイヤル・バークディールへ行ったときだ。

 19歳のセベは、この大会で2位タイとなり、一躍、世界に名を広げた。

 スペイン北部のベドレニアで生まれ、キャディをしていた兄から古ぼけた3番アイアンを貰ってボール遊びをしたのが7歳のとき。そのクラブ1本で、いつの間にか自由自在にボールを操れるようになった。16歳でプロになり、2年後の'76年には欧州ツアー賞金王を獲得した。

 セベに対する第一印象は、パッションを感じる小気味のよい攻めと歩き方だった。特に、視線を下げずに、真っ直ぐ、前へ前へ突き進むような歩き方は、精悍な闘牛士にも思えた。

駐車場からのリカバリーで優勝した「カー・パーク・チャンピオン」。

 最も印象に残っているのは'80年マスターズ優勝だ。当時23歳の若者は、まるでプレッシャーを感じないのかと思えるほどだった。最終組のスタート間際、入念な練習を終えてティグラウンドへ行く他の選手を尻目に、彼は、ハンバーガーをパクつきながらやってきたのだ。

 土壇場の17番ホールでは、第1打を左の7番ホールまで曲げたにもかかわらず、そこから高い木々を超えて2メートル弱につけてのバーディ。

 このアクロバティックな優勝劇をクラブハウスのテレビで見ていたジャック・ニクラスは「なんてこった。こんなバカげたゴルフは見たことない」と、苦笑したという。

 '79年全英オープンの16番ホールでは、臨時駐車場から第2打を打って見事にバーディを取り、そのまま優勝。「カー・パーク・チャンピオン」と呼ばれた。

 アルバイトをしていたゴルフ場近くの丘の上に住む銀行家の娘カルメンを小さいころから慕い、彼女と結婚したいために「世界一」を目指し、その夢を果たしたセベ('04年に離婚)。治療中も、最後まで復活を諦めていなかったという。

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