MLB Column from USABACK NUMBER

終わっても終わらなかった珍試合 

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李啓充

李啓充Kaechoong Lee

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photograph byGettyimages/AFLO

posted2007/03/22 00:00

終わっても終わらなかった珍試合<Number Web> photograph by Gettyimages/AFLO

 「終わるまでは終わりじゃない(It ain't over till it's over)」とは、ヤンキース往年の名捕手、ヨギ・ベラの名言として有名だが、3月17日、私は、「終わっても終わらなかった(It ain't over even after it's over)」珍試合を目撃した。

 この試合、ヤンキース対フィリーズのエキシビション・ゲームだったが、3対2とフィリーズがリードした9回表、ヤンキースが無得点と終わった時点で、本来ならゲームセットになっているはずだった。にもかかわらず、勝ったはずのフィリーズが9回裏も攻撃を続け、帰り始めていた観客もあわてて座席に戻らなければならなかった。

 終わっていたはずの試合が、なぜ勝負が決着した後も続けられたかというと、それは、ヤンキースが、今季井川慶と先発4番手の座を争うカール・パバーノの調整のために、「もし勝負がついていた場合でも、もう1イニング投げさせてくれ」と、事前にフィリーズに頼み込んでいたからだった。

 開幕に向けた投手調整、日本ではブルペンでの投げ込みが重視されるが、メジャーでは実戦での球数を増やしていくという方法が主流である。開幕まであと2週となった時点でのこの試合、ヤンキースは、アンディ・ペティートとパバーノ、ローテーション入りが確実視されている2人のうち、まず、ペティートに5イニングを投げさせた後、パバーノに4イニングと、あらかじめ決めていた。ただ、先攻だったため、負け試合となった場合はパバーノに4イニング投げさせることが不可能となるので、事前にフィリーズに事情を説明、勝敗が決着した後も試合を続行することについて合意を得ていたのである。

 ちなみに、フィリーズの監督は、1976−81年、日本で「赤鬼」と恐れられる猛打を振るったチャーリー・マニュエル、「赤鬼」のニックネームとは裏腹に、気が良いことで知られている。ヤンキースの要請を快く受け入れ、勝負が決着した後も、パバーノの調整にチームを付き合わせることに同意したのだった。

 日本では、「オープン戦でも試合は試合」と、ルールが杓子定規に適用されるのが普通だが、メジャーでは、春季キャンプ中のエキシビション・ゲームでは、融通無碍にルールを曲げることが珍しくない。特に、マイナーのエキシビション・ゲームでの融通の利かせ方は日本の野球関係者の想像を絶するものがあり、たとえば、「調整させたい打者がいるから、毎イニング、トップバッターで打たせてくれ」というようなことが普通に行われるのである。

 実は、春季キャンプで不振を極める岩村明憲に対しても、デビルレイズの首脳陣は「毎イニング、トップバッター方式」でのマイナーでの調整を勧めたのだが、岩村は日本での評判を気にしてこの申し出を断ったと、『セント・ピータースバーグ・タイムズ』紙に書かれていた。この時期、主力選手がマイナーのゲームに出場することは不名誉でもなんでもないし、たとえば、レッドソックスのエース、カート・シリングにしても、登板予定日が同一地区のチーム相手とか、敵地への遠征というような場合、しょっちゅう、マイナーのゲームに登板して調整している。地元紙の伝えるところが本当とすれば、岩村は、もったいない話を断ったものである。

 ところで、パバーノの調整のために、勝負がついた後も続けられたこの試合、9回裏、3人目の打者の飛球を中堅手が落球したところで、監督のジョー・トーリと投手コーチのロン・ギドリーがマニュエル監督に手を振って「もういいよ」と合図した時点で試合終了となった。マニュエルも「もういいんだね」とばかりに、にこにこ笑いながら手を振り返していたのだから大らかなものである。

 というわけで、パバーノとヤンキース首脳陣にとっては満足のいく試合続行だったが、続行のせいで「痛み」を味わった不運な選手が二人出現した。一人は、9回裏、パバーノに死球をぶつけられて「文字通り」痛い目にあったフィリーズのブレナン・キング、そしてもう一人は、開幕ベンチ入りを目指すヤンキースのケビン・トンプソン外野手だ。この日、4打数2安打と上々の出来だったのに、試合が終わっていたはずの9回裏、無様な落球をして首脳陣の印象を悪くしてしまったのだから可哀想だった。

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