カンポをめぐる狂想曲BACK NUMBER

From:ロンドン「直情型。」 

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杉山茂樹

杉山茂樹Shigeki Sugiyama

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photograph byShigeki Sugiyama

posted2007/04/16 00:00

From:ロンドン「直情型。」<Number Web> photograph by Shigeki Sugiyama

イングランドのファンはイケイケドンドンが多い。

試合の重要度にはそれほど関係なく、

“応援”自体を楽しんでいる。

 通称スパーズ。トットナム・ホットスパーのホームスタジアム「ホワイトハートレーン」にやってきた。試合開始まであと1時間。まだ閑散としたスタジアムに、ゴールキーパーが現れ、トレーニングを開始した。スパーズのGKといえばロビンソン。イングランド代表の正GKだ。悪い顔ではない。荒くれ男風でもない。言ってみれば、端整な顔立ちだ。大男なのに、マッチョな近寄りがたい感じはしない。

 肉眼で、選手の好感度チェックまでできてしまう理由は簡単だ。僕の座る記者席が、1階スタンドの前から4列目に位置しているからである。記者席は一般的に、スタンドの中段から上に設置されているものだが、イングランドのスタジアムには例外が多い。ピッチにほど近い場所に座らされることがよくある。チェルシーの「スタンフォードブリッジ」もその一つになるが、視角が極端に浅いので、ピッチ全体の様子は眺めにくい。記者的な観戦には適していない。いっぽうで、臨場感は嫌でも伝わってくるので、たまになら悪い気はしない。ファンの一人になったような、新鮮さが味わえる。

 そうこうしていると、早めにスタジアムに乗り込んだアウェーサポーターが、お叫びを開始した。正面スタンドを背にして右サイドのコーナー付近に陣取るセビージャ人の集団だ。

 本日の一戦は、スパーズ対セビージャ。UEFA杯準々決勝第2戦。セビージャホームの第1戦を、2−1で折り返した注目の好カードだ。第1戦の結果もさることながら、ともに好チームであるところが、なお宜しい。

 すると、メンバー表が回ってきた。セビージャのスタメンの中には、ヒンケルの名前がある。ということは、注目のダニエル・アウベスは、4−4−2の右サイドハーフで出場するってわけか。本来、ダニエル・アウベスは、右のサイドバックで出場する。ヒンケルはサブに名を連ねることが多いのだが、ダニエル・アウベスが一つ高い位置に上がれば、2人が同時に出場する環境が整う。

 ヒンケルには「良かったね」と声を掛けてやりたくなる。この選手、ドイツ人なのだが、取り柄は体力、体格だけでない。ドイツ人にありがちな独特の臭みはゼロ。プレーはとても気が利いている。思考回路も柔軟そうだ。スタメンを飾っても、何もおかしくない才能の持ち主ながら、運のなさはだからこそ目に付く。同じポジションを競り合う選手が、素晴らしすぎるからだ。

 ヒンケルも上々ながら、ダニエル・アウベスはそれ以上。現在、世界一の右サイドバックだと言い切ることに、僕は何の躊躇も感じない。僕の前に久々に現れたアイドルといっても良い。見ていてこれほどワクワクさせられる選手に出会ったのはいつ以来だろうか。ホワイトハートレーンを訪れた理由の一つでもある。バレンシアのシルバも良いけれど、気鋭のブラジル代表選手は、そのずいぶん上を行く、圧倒的な存在感がある。

 スタンドの歓声が共鳴し合い、莫大な音量で耳に飛び込んでくる。選手の入場だ。ムードは上々。ホワイトハートレーンそのものがまた素晴らしい。スタジアム評論家として採点させてもらえば4つ星半。すなわち僕はいま、お気に入りが凝縮する幸せの中に身を委ねていることになる。心地良さここに極まれり。試合の行方はさていかに……。

 ハーフタイムを迎え、スコアは0−2。アウェーのセビージャがリードする展開だ。通算スコアはセビージャの4−1。スパーズが勝利するためにはあと4点が必要で、すなわち、試合は早くも決まったも同然の状況になっている。にもかかわらず、スタンドを満員に埋めたスパーズファンは、大声を振り絞ることをやめていない。

 「アタック!アタック!」

 記者席の近くに座る男性は、それ以外に言葉は知らないのかと突っ込みを入れたくなるほど、ワンパターンの台詞を吠えまくっている。

 単純で力一杯だ。なぜイングランドのファンは、イケイケドンドンの直情型ばかりなのか。装っている風はない。素であるところに危なさというか、滑稽さを感じる。スタンドを眺めれば、いまにも血管が切れそうなほど白い顔を紅潮させている人が、簡単に目に止まる。

 試合終了。スパーズは後半、2ゴールを返したものの、反撃もそこまで。セビージャに屈した。そして僕は、ユーストン駅近くのホテルに戻ってきた。

 「セビージャは、バルセロナやレアル・マドリーと優勝争いをしているチーム。サッカーのクオリティでは一番かもしれない」

 スパーズのマルティン・ヨル監督は、試合後の記者会見で勝者を称えた。

 僕も全く同感だ。セビージャがもし今季のチャンピオンズリーグに出ていたら、どうだっただろうか。例えばチェルシーに対して、バレンシアより牙を剥くことができたんじゃないだろうか。昨季のスペインリーグで、セビージャは5着。4着オサスナとは直接対決の結果の差だった。今季は現在第2位。最悪でも、チャンピオンズリーグ出場圏内である4位以内は死守して欲しいモノだ。

 とはいえ、今季の戦力が来季も維持される保証はどこにもない。良い選手は買われていく運命にある。資本主義の前にセビージャは無力だ。セビージャより予算の規模が大きいクラブは、欧州内に20以上は軽くある。なによりチーム戦略のブレーンであるファンデ・ラモス監督そのものに、誘いの手は伸びるだろう。彼らはそれほど、質の高いサッカーを繰り広げている。

 もっとも僕は、前日に訪れたアンフィールドでも心地良さをたっぷりと満喫していたのだった。リバプール対PSV戦。実質的な消化試合にもかかわらず、アンフィールドを満員に埋めた観衆は歌い続けた。試合をろくろく眺めずに応援に没頭する人たちを普段、僕は訝しげに見てしまうクチだが、この日のアンフィールドのファンに、違和感はなかった。ともすると沈滞しがちな試合は、これでずいぶん救われた。なにより歌が上手い。レパートリーも豊富。ビートルズを生んだ音楽の街だけのことはある。「コップ」には渦を巻くような輪唱さえ湧いた。アンフィールドの真髄を魅せられた気がした。基本的には直情型。しかしサービス精神は豊富で、洒落のセンスも備えている。

 来るチャンピオンズリーグの準決勝では、アンフィールドは第2戦の舞台になる。チェルシーにとっては嫌な設定だ。僕の目にはこの一戦、全くの互角に見えるのだが。

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