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From:パリ「その盛り上がり、'98年W杯以上。」 

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杉山茂樹

杉山茂樹Shigeki Sugiyama

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photograph byShigeki Sugiyama

posted2006/05/24 00:00

From:パリ「その盛り上がり、'98年W杯以上。」<Number Web> photograph by Shigeki Sugiyama

チャンピオンズリーグ決勝のために降り立ったパリは

アーセナルとバルサのサポーターで溢れかえっていた。

そこで思い出した8年前とそれからの記憶……。

 シャルルドゴール空港に舞い降りれば「ヘルプデスクはこちらです」というチャンピオンズリーグの案内板が、いきなり目に飛び込んできた。パリ北駅を目指し空港駅から「RER」に乗車すれば、お見合い座席の対面に、カタラン語を喋る2人の青年が乗り込んできた。そして、パリ北駅のプラットホームには、エンジとイエローのレプリカユニフォームに身を包む、アーセナルサポーターが溢れていた。

 パリは世界一の観光地。懐の深さには定評がある。しかしながら、ホテルはどこも満杯。8年前のフランスW杯の時でさえ、こんなことはなかった。僕が予約を入れたネット上の旅行代理店も、直前になって「予約されたホテルはオーバーブッキングで、ご利用できない状況になってしまいました。代替えホテルをご用意いたしましたので、そちらの方にお回り下さい」と、信用問題にも関わる、理不尽な知らせを送りつけてきたのである。

 エッフェル塔の近くにあるその代替えホテルに到着すれば、バルサのマフラーを首に巻く親子が、チェックインの手続きを行っていた。「今日と明日はどこもフル。うちのホテルも両軍サポーターでいっぱいだよ」と、受付の男性スタッフは、満足そうに白い歯を覗かせた。

 エッフェル塔の夜景を望むオープンカフェも、両軍サポーターによって占領されていた。寒くもないし、暑くもない。時間もゆっくり流れている。ロケーションにも、季節にも恵まれた華の都パリ。その鷹揚としたムードは、チャンピオンズリーグ決勝前夜の緊張感を、やんわり解きほぐしていた。

 明日の決勝で勝つか負けるか。両軍サポーターにとって、それは重要な問題に違いないが、こちらに伝わってくるのは、いまパリのカフェに座っている自分自身に満足している様子だった。いまだ勝者に君臨する歓びを、パリ旅行という形で実現させていることに。

 どこか誇らしげに見えるその様子に、羨ましさを感じることは事実なのだけれど、こっちにだってそれなりの満足感はある。1シーズン通してお付き合いしてきた充足感というヤツがだ。今シーズンも、明日の1戦を最後に、幕を閉じるのかと思うと、これまでの戦いがふと蘇ってくる。走馬燈のように。

 1年前の決勝も思い出す。イスタンブールで行われたリバプール対ミラン戦だ。あれから丸1年が経過したわけだ。1年の長さをしみじみと実感させられる。それが年々、すこーしずつ短くなってきていることも。

 いっぽうで、ドイツW杯を3週間後に控えたいま、4年周期の体内時計もざわめくのだ。2002年のチャンピオンズリーグ決勝は、グラスゴウのハンプデンパークで行われた。レアル・マドリー対レバークーゼン。「ジダンがスーパーボレーを決めた試合ね」と、オートマチックに囁く何者かの声が聞こえるので、敢えて反論させてもらえば、あの試合はレバークーゼンが大健闘した試合となる。黄金期を築いていたマドリーに、翳りを感じた試合でもあった。勝つには勝ったけれど、試合内容には危険な予兆が漂っていた。

 僕の読みは見事に的中したわけだが、その4年後、ライバルのバルサが、これほど息を整えた状態に戻してくるとは想像できなかった。両者の関係は、この4年間で見事なまでに逆転したわけだ。

 マドリーの黄金期の始まりも思い起こすことができる。その4年前、つまりアムステルダムで行われた'98年の決勝で、ユベントスに勝利を収めたことに端を発している。

 またその8年前の敗者は、大スキャンダルに巻き込まれ、これから転落の道を歩もうとしている。イタリア代表は大丈夫なんだろうか。ドイツW杯でまともな戦いができるのだろうか。イタリアは行けるかも……なんて原稿を、僕は前回のこのコラムで書いているが、イタリアの件は微妙な状況なので、白紙に戻させていただきたい。

 それはともかく、パリで8年前を回想すれば、いやでもフランスW杯の1ヶ月間が思い出される。パリは良い街だなーとつくづく思い知らされた1ヶ月間を。因果は巡るのだ。当時、パリで8年前の自分を回想する自分の姿など、想像することもできなかった。いったい僕は1年後、4年後、8年後、どこで何を考えているのだろうか。両軍サポーターに紛れ、カフェで赤ワインを飲んでいると、独自の悟りを開いた仙人さんのような心境になる。

 しかし翌日、僕は朝から別人になっていた。物欲を満たすためにマレ地区へ直行。1週間前から狙いを定めていた少しばかり高価で、かなりポップでイカした眼鏡を迷わずゲットした。何を隠そう、僕は1週間前にもパリにいたのである。この眼鏡屋さんを訪れ、パリの住民のような顔で「考えを固めて、近々また来ます」と、言ってお店を後にしている。そしてそこから、日本に戻り、埼玉で行われたスコットランド戦や、渋谷のセルリアンタワーで開かれた日本代表発表記者会見の現場に出向いた後、再びパリに戻ってきた。1週間前にも相手をしてくれた、眼鏡屋さんの美人店員にそのことを伝えると、その綺麗な二重まぶたは、何度も何度もしばたくのだった。美人を少しばかり驚かしてやったわけだ。悪くない感じとはこのことを指す。

 しかし、今回のパリ旅行のハイライトは、その後、モンパルナス駅近くで食べた昼食だった。地元民の案内で、出かけていった「Mai-Do」というふざけた名前のこのベトナム料理屋は、とにかく最高の味だった。とりわけ「フォー」は絶品で、特にそのスープは、これまで飲んだいかなるスープより、断然美味いと思わず、言い切りたくなるほど、あっさり爽やか、それでいてコクのある奥ゆかしい味を出していた。まさに、チャンピオンズリーグ決勝前に相応しい食事で、デザートに出てきたマンゴー(写真)まで、僕はこの職業についた幸せを噛みしめながら綺麗に平らげた。チャンピオンズリーグの旅は、やめられそうにない。

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