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41歳で選手と社長の二足のわらじ。
“バスケ界の鉄人”折茂武彦の挑戦。 

text by

松原孝臣

松原孝臣Takaomi Matsubara

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posted2011/05/24 10:30

41歳で選手と社長の二足のわらじ。“バスケ界の鉄人”折茂武彦の挑戦。<Number Web> photograph by AFLO

チーム名を変えて初の公式戦。「北海道への恩返し」を胸に社長としての挑戦は続く

「北海道への恩返し」と社長就任の理由を語る折茂。

 だが、現実は厳しかった。

 候補となりそうな会社もあったが、3月の東日本大震災の影響などもあり、交渉がまとまることはなかった。

「このままではチームがなくなると思いました」

 チームの状況をそのように捉えていた折茂は、100万円に満たない資本金とともに、運営会社を設立したのである。

 折茂は、自ら手をあげた理由を、「北海道への恩返し」と語っている。

 長く在籍した名門トヨタ自動車を離れ、北海道に移籍したのは、2007年のことだ。「履歴書にプロ選手と書きたい」ことが理由だったという。

 そして北海道の地でコートに立ったとき、知ったのは、北海道の熱烈なファンの存在と、観客の前でプレーすることの喜びだった。

「北海道に来るまで、満員の観客の前でプレーしたことがありませんでした」と、以前、言葉にしている。

 だからこそ、「この4年間応援してくれたファンに恩返しをしたいと思いました」と、手をあげたのだ。

社長業のかたわら、日本バスケ界悲願の五輪出場も目指す。

 見通しは、決して明るいとは言えない。

 何よりも、2~3億円と言われるチーム運営費を用意するために今後、スポンサーを獲得し、会社の人材も探していかなければならない。

 チームの形を作り、6月9日に予定されているJBL理事会・総会で加盟の承認を得なければならない。

 時間はないが、それでも、「20年、30年と続くチームを作りたいと思っています」と前を見据えている。

 今回の社長就任で、6月の東アジア選手権出場は辞退することになったが、ロンドン五輪予選を兼ねた今秋のアジア選手権には、「全力で取り組みたいと思っています」とコメントしている。

「日本バスケット界の悲願のオリンピック出場ができれば、何かが変わると思います」と、4月にも語っていたように、日本代表への意欲も十分だ。

 所属チーム、代表での選手としての活動。選手と社長の二足のわらじ。

 41歳の折茂の挑戦は続く。

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折茂武彦
北海道バスケットボールクラブ

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