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小林繁、藪恵壹、遠山奨志……。
「○○キラー」の快投は消えたのか? 

text by

田口元義

田口元義Genki Taguchi

PROFILE

photograph byMAINICHI SHIMBUN

posted2010/01/31 08:00

'79、'80年の2シーズンで、41打数8安打(.195)と徹底的に抑えられた王貞治氏。「短い期間でしたが、阪神で一時代を築かれた好投手でした。これから後進の指導や多くの子供たちに野球の素晴らしさを伝えてほしかった」と死去に際してコメントした王氏

 1月17日に小林繁が急逝したことで、報道各社は当然のように江川卓との因縁を大きく取り上げた。

 江川との緊急トレードで阪神へ移籍した'79年、小林はとにかく巨人に強かった。シーズン22勝のうち8勝を稼ぎ無敗。「巨人キラー」だった。

 それ以上に、と思う。この年に限って言えば、彼は巨人以上に、主砲の王貞治を最大のカモにしていた、と。

 世間的には小林が、巨人を相手に憤怒の炎をギラギラと燃やしながら投げていた、のような表現をされることが多いが、実際はそうでもなかった。特に王に対しては、「攻め方にかなり気を配っていた」と、小林と同じ年に阪神へ移った捕手の若菜嘉晴は語る。

「巨人戦となると『王さんをどう攻めようか』ということばかり話していました。当時の王さんは球界の至宝ですからね。安易にインハイへ投げて頭にデッドボールを当てようものならば球界全体を敵に回しかねない、そんな雰囲気でしたから。でも、王さんを抑えるにはインコースしかない。そこで、小林さんと結論を出したのが、『一本足を狙おう』と。上げた右足がストライクゾーンに被ってくるので攻めるのは難しかったですが、そこにストレートではなくスライダーを投げることによってタイミングも外せるし、デッドボールのリスクも軽減できる、と」

 変則二段モーションのサイドスローだった小林にとって、それは最適な攻略法だった。'79年の対戦成績は19打数3安打6三振。本塁打は1本も許していない。一本足打法のタイミングを狂わされた王は、二本足で打席に立つほど、小林を嫌った。

番長・清原の脅し文句にエグい内角攻めで対抗した藪恵壹。

「キラー」とは主に投手に対して使われる。「ライバル対決」とは別物の、一撃必殺の意味合いをも持つ刺々しい言葉。

 なかでも「伝統の一戦」と呼ばれる巨人―阪神戦では、「スラッガー対キラー」の対決がより目立った。

 相手に死を与える。文字通りの「キラー」だったのが、清原和博に対する藪恵壹だった。

 '97年8月20日、藪がシーズン3度目の死球を与えたことで、清原が「これで3回目やぞ!」と指を3本立てながら詰め寄った。当然、その意味は理解していた藪だったが、「年俸3億ってこと?」「内角は弱点だし、清原さんの技術があるならよけられるでしょ」と、とことん挑発し、怒りの火に油を注ぎ続けた。

 翌年の7月10日、通算4度目となる死球を与えると、「今度やったら顔をゆがめたる!」と、遂に清原がブチギレたが、通算6個の死球を与えた藪が清原に顔をゆがめられることなど一度もなかった。

「藪=清原への死球」というイメージは強いが、通算対戦成績50打数8安打0本塁打と、実際に手玉に取っていた。過激な発言で藪を脅した清原だったが、藪を打てないもどかしさから出たものだったのだろう、とその数字が物語っている。

<次ページに続く>

► 【次ページ】  シュートを武器に松井秀喜を封じ込めた遠山奨志の職人技。

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