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室伏広治のゴールはメダルでも記録でもない。 

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小川勝

小川勝Masaru Ogawa

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photograph byKeijiro Kai

posted2008/07/24 18:34

室伏広治のゴールはメダルでも記録でもない。<Number Web> photograph by Keijiro Kai

「北京ではね、もう、競技場の外に投げるくらいの勢いで、やりたいですね」

 今季初戦の日本選手権に勝って、取材通路の入り口でマイクを向けられた時、室伏はそう言ってインタビュアーの笑いを誘った。それは、北京五輪に向けて一言、と聞かれた時のために必ずそう聞かれることになるわけだがあらかじめ用意していた言葉だった。とにかく今年は、何度もこの質問を受けることになる。だから室伏なりに、楽しめる一言を考案したのだ。場外ホームランのようなハンマー投という、劇画的イメージ。室伏が言うと、あまり冗談に聞こえないところが、かえって面白い。

 今季初戦の日本選手権で、5投目に80m86、そして最後の6投目で80m98。この時点(6月27日)で今季世界ランク3位の記録が出た。

 取材通路を歩いて、ペン記者が待っているエリアまでやって来ると、室伏はぐっとリラックスして、試合を振り返った。

「前半ちょっと体が動かなかったんですけど、だんだんウォームアップされてきて。練習と試合はやはり違うので、試合ならではのスピード感が出た時に、どうなるかっていうのを今日はチェックしたんです。スピード感が出ると、どうしても力んでしまいやすい。最後の2投はそのへんが修正されたんだと思います。いい方向にはきていると思いますけど、まだ伸びシロは、十分あると思います」

 今年は3月下旬、強度の高いウェートトレーニングをやっていて腰椎捻挫になってしまい、3週間も練習を休んだ。予定していた5月の大阪GPは欠場。6月の日本選手権が初戦という形になったのは、昨年と同じだ。昨年はその日本選手権で79m24。2カ月後の大阪世界選手権では80m46(6位)だった。しかし今年は、同じ日本選手権で80m98。8月の北京では、間違いなく上積みが期待できる。

 ただP・コズムス(スロベニア)、K・パルシュ(ハンガリー)といった20代の若い選手が、すでに81m台を投げている。大阪世界選手権の金メダリスト、I・チホン(ベラルーシ)だけでなく、ライバルは多い。その点に水を向けられると、室伏は笑みを湛えて、穏やかにこう言った。

「僕は僕で、自分のことを、ベストを尽くす以外、何もないですから。オリンピック、面白い試合にしたいな、と思います。ええ」

「これが僕の最終目標です」と室伏は1枚の写真を見せた。

 五輪連覇。ハンマー投でこれを達成すれば、世界記録保持者ユーリ・セディフ(ソ連='76、'80年連覇)以来の快挙になる。

 それでも室伏は「目標は五輪連覇」とか「金メダル以外考えていない」というようなことは、まず言わない。金メダルについて語る時の室伏は、肩の力が抜けている。4年前の金メダルは、1位選手がドーピング違反で繰り上がりという形だったから「アテネの金メダル? ――家にあります。たまに見ますよ。できれば、今回はスタジアムで取りたいですね」などと笑う。それはたとえば北島康介が、唯一絶対の目標として「五輪の金メダル」について語る時とは明らかに雰囲気が違う。

 このリラックスした雰囲気は、どこから来るのだろうか。

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