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東芝vs.サントリー 新たなライバル時代へ。 

text by

藤島大

藤島大Dai Fujishima

PROFILE

posted2007/02/22 00:00

 地下鉄駅の階段が人また人で息苦しい。

 「ダフ屋」の声も心なしか気合いが入り、焼きソバを求める行列はいつになく長かった。ここ数年、早稲田、早稲田でなんとか息をつなぐ感もあったラグビー界にヘビー級の看板マッチが誕生した。

 トップリーグの両巨頭、東芝とサントリーの激突である。

 リーグ戦での第1ラウンド(1月6日)は、ひどい雨の中、スクラムから湯気たちのぼる熱戦を東芝が12人モールからのトライで辛くも制した(12-10)。

 マイクロソフトカップ決勝、お互いに想定済みの再戦には、前回は悪天候であきらめたファンも足を運んで、秩父宮ラグビー場を「23067」の観衆が埋めた。埋めただけでなく、スタジアムを揺らし、叫び、もしかしたら感動に涙腺を緩めた。

 後半40分を過ぎる。インジュアリータイムは4分とアナウンスされた。6点差を追う東芝の猛攻をサントリーが鋭利に遮断する。東芝の持ち込んだ球を奪うターンオーバーから右前方へ蹴り出した。終わるか。まだ終わらない。あと15秒。そのラインアウト、東芝は最後の攻撃を仕掛けた。反則をもらい、さらに力攻め。タックルに大歓声、突進に悲鳴、ラグビーという競技の最高のスリルだ。ガラス越しの記者席でも全身にギリギリと力が入るのだから当事者はどうなっているのか。つくづく監督という仕事も体に悪い。

 モール。もうひとつモール。とうとう体重が公称120kg、実は140kg近いルアタンギ・侍バツベイが巨体を倒木とさせてインゴールを襲った。ゴールも決まって14-13。逆転と同時に終了の笛が響く。歓喜の赤と失意の黄、それぞれのジャージィが魂の抜けた亡霊みたいに肩を抱き合い、どちらの側も「好敵手」の存在を我が身に刻みつけた。

 負けたらおしまい、いかにも一期一会の印象の強い学生ラグビーとは異なり、トップリーグの好敵手が明暗を分けても、そこには「次の物語の始まり」の妙味が残される。帰路につくファンの多くは3週間後の日本選手権決勝へ思いをはせたはずだ。順当なら3度目の対決もあるのだから。

 試合後の会見。

 サントリーの清宮克幸監督は言った。

 「あの内容で勝ってもうれしくない」

 ゲームキャプテンの小野澤宏時は、隣の席で顔面蒼白(本当に青白いのだ)のまま嗚咽をこらえている。

 「……」。コメント不能の状態に陥ると、ボスがマイクを握った。

 「選手が力を出し切ったのは間違いない。素晴らしいチームなんです」

 慰めているようにも聞こえるが、このコメントに「ゲームの実相」は隠されている。

 サントリーの選手は力をふり絞った。勝ちたい。勝つんだ。タックルの厳しさ。ブレイクダウン(タックル後のボール争奪局面)の激しさ。昨年度までの「都会派の軟弱」のカケラも見当たらず、触れれば指の切れる闘争集団と化した。

 ただし冷静にとらえればチームは未完成だ。この日も4人のルーキーが先発、交替を含めれば計6人が芝に立った。有能な大型新人たちとはいえ、技術・戦術的に発展途上なのも確かである。

 飛距離のあるキッカーが不在のため思うように陣地を稼げない。ラインのパス速度と長さが不足しており、清宮監督の好む「パスで(防御網を)切るラグビー」が実践できない。「とことんこだわる」意識改革で力をつけたスクラムも勝負どころでは押し切れなかった。「まだ優勝するには足りないところが多すぎる」(清宮)のは実感としてである。

 それでも東芝との2戦を、ほぼ最少得点差(2点、1点)による敗北にとどめた。昨季はリーグ6位の若いチームを、磐石にして円熟の王者へ限りなく接近させたのが「清宮イズム」の鋭さであり、また高い目標(打倒東芝あるのみ)へ邁進する強気の姿勢はファンを引き寄せた。

 会見後、東芝の冨岡鉄平主将が親しい記者にもらした。

 「清宮さまさまですよ」

 皮肉ではない。サントリーがいるから東芝は優勝できた。王者の宿命として、現状維持とは衰退への序章である。成功体験は変革を妨げる。勝ち続ければ制度疲労も伴う。

 サントリーのカリスマ監督は、春先から「東芝を倒す」と言い放ってメディアの関心を引き寄せ、着実に結果を残してきた。いつしかチャンピオンの側が「人気のサントリーに負けられるか」という挑戦者根性を身につける。リーグの戦いでは、サントリーが東芝の得点源であるモールを研究、東芝はサントリー自慢のスクラムに対応してみせた。「傾向と対策」の応酬は両チームを鍛える。東芝は、サントリーのおかげで必然的に「勝者の慣習=マンネリ」を避けられた。

「勝つべくして勝った」。終盤に際立った東芝の底力。

 決勝。前半、東芝は、せっかくの強風を背にしながら攻撃の機会をなかなか得られなかった。サントリーの緻密なスカウティングによるラインアウト防御が際立っていたからだ。身長196cmの篠塚公史が前方で高々とジャンプ、ことごとく投入ボールの軌道を妨げた。「あれは大誤算」(薫田真広監督)。前半の確保は「17の9」にとどまった。

 サントリーは前回対決時のモール攻略に続き、こんどはラインアウトでの対応力を示した。さらに進歩していたブレイクダウンの充実もあわせて、一枚ずつ「相手を上回るカード」を突き出すような不気味さがある。発展途上だから「一枚ずつ」なのだが、その一枚は確実だ。

 ただしサントリーにも誤算はあった。スクラムを思うに任せない。後半20分過ぎ、東芝陣ゴール前のペナルティーにあえてスクラムを選択しながら、バツベイのシンビン(反則による一時退場)で7人FWとなった相手を押し込めなかった。

 「あそこは東芝のスクラムをほめるべき」(清宮)。「7人で押されなかったのがすべて」(薫田)。東芝は、崩れて組み直しのわずかな時間に体重差のある左右のフランカーが入れ替わってバランスを調整するなど、したたかに対処した。

 後半37分。10-7でリードのサントリーはPGで3点を追加する。難しい判断だった。6点差は微妙だ。トライを返されゴールを決められれば逆転される。ここは強気で攻め続けてトライを狙う、あるいは時間を使う選択もありえた。ちなみに東芝のロック大野均は「あそこはPGで助かった」と振り返った。サントリーにすれば7人FWを崩せなかったことでいつもの強気を押し通せなくなった。

 インジュアリータイムでの最後の最後の逆転はまったく劇的でありながら、東芝の冨岡主将は「勝つべくして勝った」と強調した。半分は結果論だが半分は本音だ。「最後まで不思議なほど体が軽かった」。ぎりぎりの勝利なのに終わってみると必然を思わせる底力がある。薫田監督が本音を明かした。「(自分が監督した)この5年間の根の深さがある。そこが清宮サントリー1年目との差かもしれない」。これまで舌戦では控え目だった指揮官の言い回しに、余計な気負いは感じられなかった。

 そして敗軍の将、清宮克幸。そこが、この人の優れた資質なのだが会見でも涙を隠さない。「悔しさがフツフツと沸きあがるまで落ち込みます」。もし再々戦が実現すれば、さらにスタジアムは熱を帯びるだろう。

 東芝の空中戦の中心、渡邉泰憲はラインアウトでの劣勢をふまえて宣言した。

 「あさってからサントリー対策を始めます」

 好敵手、かくあるべし。まとわりつき、払いのけ、こんがらがって、そのつど雌雄を決する。ラグビー好きのみならずスポーツファンの楽しみが増えた。

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