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キャプテンが泣いた夜。 

text by

松井浩

松井浩Hiroshi Matsui

PROFILE

posted2004/07/29 00:05

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[女子サッカー日本代表]キャプテンが泣いた夜。

 

 

松井浩=文

text by Hiroshi Matsui

松園多聞=写真

photograph by Tamon Matsuzono

 

1年前のことだった。

 サッカーの女子代表の知り合いに子供ができることになった。「女の子だったら、将来はサッカーをさせたい」というその人に、代表の主力はこう言った。「サッカーはやめた方がいいですよ。苦労ばかりですから」また、別の代表は「女子サッカーは、この先どうなるかわからないから勧めませんよ」と言った。

 わずか1年前。女子代表は、先の見えない闇の中にいた。

 当時、彼女たちには、「アテネ五輪へ出場できなければ、女子サッカーの将来はどうなってしまうのか」という共通した思いがあった。エースの澤穂希(日テレ)はこう語っていた。

「アトランタ五輪('96年)に出場した時は、女子サッカーの注目度も上がったし、Lリーグにノルウェーや中国のトップ選手も来ていて世界最強リーグといわれるほどでした。でも、シドニー五輪に行けなくて企業チームが廃部になったり、注目度も低くなってしまった。次のアテネ五輪にも行けなかったらどうなるかと考えると、怖いですよ」

 アテネ五輪のアジア枠は「2」。2強の北朝鮮か、中国のどちらかを倒さなければ出場権は得られない。五輪予選のほぼ1年前、'03年6月にタイで開催されたアジア選手権は、まさに前哨戦だった。ところが、この大会で日本は、北朝鮮に0対3と完敗。さらに一度も負けたことのなかった韓国にまで0対1と敗れた。アジアで4番目のチームに転落して、アテネ五輪への道はより険しくなった。ましてや、その後の女子サッカー界がどうなっていくのか、予測もつかなかった。

 韓国に負けた後、澤は「このチームはホントに弱い」と言った。GKの山郷のぞみ(さいたま)は「気迫で韓国に負けていた」と嘆いた。

 得点を挙げられなかったFWの大谷未央(TASAKI)は、後に「かなりへこみました。一方的に攻めていたから、試合が終ってからも、あそこで決めておけばというシーンが結構よぎったんです」と語った。

 キャプテンのDF大部由美(YKK AP東北)も、「韓国に負けてからは、寝ている間もサッカーをしていました」と言った。キャプテンとしての責任が重くのしかかり、夢の中でも必死にボールを追いかけていた。

 このアジア選手権は、'03年にアメリカで開催された女子W杯のアジア予選も兼ねていた。3位決定戦で韓国に敗れた日本は、北中米3位のメキシコとプレイオフを戦うことになった。日本に帰ってから1週間ほどで、女子代表はメキシコへ飛んだ。

 ところがそのメキシコで、緊急事態が起きる。腹を壊したり、頭痛を訴えたり、登録選手20人のうち15人もが体調を崩してしまったのだ。大事な試合を控え、体力を落とさないようにと体調を崩した選手に点滴が行われたが、最後には日本から持ちこんだ点滴も底をついた。さらに、試合前日のスタジアム練習は1時間に限られる。短い時間でピッチの把握とセットプレーなどの再確認をしなければならなかった。時間が少ないと選手は焦る。メキシコシティーは標高2240mで空気が薄く、走るだけで苦しかった。余計にイライラして、ミスが重なる。それを指摘する上田栄治監督の声も次第にトゲトゲしくなっていった。

 上田監督にとっても、メキシコとのプレイオフは進退をかけた戦いだった。

「僕は平塚(現湘南ベルマーレ)で監督を解任されて('99年)、プロの指導者として失敗しているんです。その後、マカオの代表監督を経験して、今回女子の監督を任された。プロの指導者として最後のチャンスでした」

 メキシコにも負ければ、監督を辞任するつもりだった。選手たちには「これまで準備してきたチームの戦い方に集中すれば絶対に勝てる」と話したが、体調不良とアウェーの洗礼、薄い空気、そして、不安と焦り。チームは空中分解寸前だった。

キャプテンの大部が選手だけを宿舎の一室に集めたのは、その夜のことだった。

「選手だけでミーティングをしたのは、初めてのことでした。そこで、私は16歳の時から代表を経験してきて、こんなに苦しいことはなかったと話しました。これまでは年上の人たちに引っ張ってきてもらったけど、自分がキャプテンになって引っ張らなきゃいけない。何ができるんだろうと考えた時に、ここまで来たらメンタル面のサポートしかない。強い気持ちで自分たちを信じてやるしかないんだから、イライラしたり、不安もあるけど、メキシコは絶対に負ける相手ではないから、とにかく頑張ろうという話をしたんです」

「あれで、チームが一つになりました」

 大谷は、そう言った。

「日本全国探しても、女子を代表しているのはこのメンバーしかいないんだから、自信を持って全てを出し切ればいいよと、大部さんが言ったんですね。『結果より、自分たちの力を出し切ったら絶対に勝てる』って。すると、選手がわーって泣いちゃって。皆不安に思っていた分、心に響くものがあったんです。私もうるうるってきて、胸にずわーって来ました」

(以下、Number607号へ)

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