メジロ牧場有終の美! 最も記憶に残っている馬はメジロ○○?

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  44年の歴史に幕――。
  多くのGI馬を輩出し、一時代を築いたメジロ牧場。5月15日には、“最後の出走馬”メジロコウミョウが新潟4Rで勝利し、有終の美を飾りました。

  成績不振と経営悪化を理由としながらも「事業継続に未練がないわけではありません」と語った北野雄二代表取締役。競馬ファンの心にも、「メジロ」の冠を持った名馬たちの勇姿はいつまでも残り続けることでしょう。

  数ある名馬の中でも、あなたの記憶に最も残っているメジロ○○を教えてください。

●メジロデュレン ('86菊花賞、'87有馬記念)
●メジロラモーヌ ('86牝馬三冠)
●メジロマックイーン ('90菊花賞、'91天皇賞・春など)
●メジロパーマー ('92宝塚記念、有馬記念)
●メジロライアン ('91宝塚記念)
●メジロドーベル ('97オークス、秋華賞など)
●メジロブライト ('98天皇賞・春)
●その他

※ ( )内は、主なGI勝ち鞍

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  • ステイヤー好きの私にとって、メジロの馬といえば1も2もなくマックイーンです。

    杉本清アナの「メジロでもマックイーンの方だ!」の名実況を生んだ菊花賞、武豊を鞍上に戴いて成し遂げた春天連覇。当時の最強のステイヤーであり、中長距離戦の磐石の王者でしたね。

    かたや、秋天でスタート直後の斜行で1着降着になったり、前馬?未到の春天3連覇を、前年の菊花賞でミホノブルボンの3冠を阻んだ「関東の刺客」ライスシャワーに阻まれるなど、ちょっと悲劇的な面があったのも「名優」マックイーンの印象を強め、人気を高めていたと思います。

    願わくばその産駒から、「天皇賞親子4代制覇」を果たす馬が現れてほしいです。

    稀代の名ステイヤー・メジロマックイーンの名は、競馬史上永久に不滅です!

    デュークNaveさん2011/05/20 23:29に投稿

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    そう思う!
  • 私にとって、一番記憶に残っているメジロの馬と問われれば、即答でマックイーンです。
    当時は競馬を知って間もない頃で、馬券も買えない年齢、天皇賞三代制覇と言われても、その凄さが全然わからなかったわけですが、とにかく一番「強い」と感じた馬でした。
    天皇賞・秋の降着も強烈に記憶に残っていますし、なにより競馬を見るきっかけになった一頭です。
    そして浅はかに、長距離レースの度にマックイーンの産駒を買い、馬券を買い外しまくるきっかけにもなりました。

    i formationさん2011/05/19 05:30に投稿

    7
    そう思う!
  • あのGI史上最大の降着劇である、91年秋天を目の前で目撃したので。
    もうこれは理屈ではありません、すみません。

    寒さに震えながら観戦した、土砂降りの府中競馬場。
    1位入線が取り消された瞬間の騒然とした空気が、昨日のことのように思い浮かびます。
    空もマックイーンの馬体も、みんな灰色だった。。。

    当時の私はアンチ・マックで、件の秋天もマックイーン絡みの馬券は買ってませんでしたが、(降着したものの)敵ながらその勝ちっぷりは惚れ惚れするものでした。繰り上がったプレクラスニー関係者が恐縮していた気持ちがよくわかります。

    私はオグリキャップらアイドルホースが駆け抜けた、バブル期の競馬ブームに乗ったくちですが、パーマーの大逃走劇も、大川慶次郎さんの「ライアン!!」のダミ声も良き思い出で、あの時代を彩った「メジロ」の冠がなくなるのは、本当に残念です。

    メジロ牧場・関係者皆様、お疲れさまでした。

    もっとごーさん2011/05/19 12:31に投稿

    7
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  • ドーベルですね。

    2歳女王になった数ヶ月後、気性の荒いドーベルをうまく手なずけていた担当厩務員の方が急逝されるという悲しい出来事があった中で迎えたクラシック。その方の想いも乗せるように見事オークス、秋華賞を制覇したドーベルは本当に孝行娘だったと思う。

    レースとして印象的なのは5歳時のエリザベス女王杯。直線最内から鋭く伸びて、当時女傑の名を欲しいままにしていたエアグルーヴを完封。「70%の出来でも勝てる」と豪語していたエアグルーヴ陣営の鼻を見事明かしたあのレースは、見ていて本当に爽快でした。

    どらきちさん2011/05/20 00:00に投稿

    7
    そう思う!
  • メジロ牧場にとって悲願のダービーは1番人気での惜敗。悔しさをはらす菊花賞は同期のマックイーンに完敗。年末の有馬記念は奇跡の復活、オグリキャップに敗戦。マックイーンの更なる急成長もあり、ライアンはG1に縁がないのかなと思っていたら、宝塚記念で横山騎手の積極策により、念願のG1制覇。横山騎手のインタビューからようやくたどり着いたG1への思い、G1を獲らせてあげたかった気持ちが伝わってきて、とても感動した。

    32ゴンさん2011/05/19 18:42に投稿

    6
    そう思う!
  • まさか競馬界から「メジロ」の冠が消えてしまう日が来るとは想像だにしていなかった…
    このパーマーが鮮烈に記憶に残っているのも同じくその「まさかの逃亡劇」からである。
    1992年。競馬の面白さにいよいよのめり込み始めた25の春。宝塚記念で9番人気と低評価だったパーマーに、前走新潟大賞典での鮮やかな逃亡劇が忘れられずに敢然と◎を公言し、パーマーともども当時の競馬仲間をあっと言わせたあの快感(笑)
    そして迎えたグランプリ有馬記念。春にパーマーによって有頂天という境地を味わった私は言い放ってしまったのだ…たとえパーマーの逃げ足を持ってしても、テイオー一瞬の末脚に太刀打ちできるはずがあるまいと…
    あのまさかの逃亡劇から19年。村本をいぶし銀に輝かせたデュレン、女傑ラモーヌ、王者マックイーン、重戦車アルダン、猛牝ドーベル…メジロ伝説を彩る名馬は多い。それでも私の記憶に残るメジロ…それがパーマーである。

    Sueさん2011/05/21 20:43に投稿

    6
    そう思う!
  • この面子を見ただけでも、重厚感を感じさせるのがメジロの歴史。

    メジロパーマーが宝塚と有馬を逃げ切ったのにはビックリして、ひっくり返った。
    しかも障害帰り。
    有馬記念の時は絶対に買わないと心に決めていたのが、もう20年前とは驚きです。
    あの時は一世風靡したんです。

    横山典弘を育てたメジロライアンも捨てがたいが、ライアンとマックイーンの宝塚記念物語も捨てがたいが、記憶に残っているのはメジロパーマーですね。

    さすけさん2011/05/19 10:48に投稿

    5
    そう思う!
  • まだ競馬に興味を持ち始めたばかりの頃、某少年漫画雑誌に掲載されていた横山典弘物語を読んだのがきっかけで、(リアルタイムでは見ていなかった)メジロライアンのファンになりました。その縁で後に初年度産駒として出てきたメジロブライトをずっと応援していました。父ライアン同様旧四歳時には人気を集めながらも大きなレースに勝てずもどかしい日々が続いていましたが、古馬になって一気に本格化して嬉しかったのを覚えています。

    hisarukiさん2011/05/19 05:50に投稿

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    そう思う!
  • あれだけの成績を残しているのに、年度代表馬になれなかったマックィーンなど、メジロの冠の馬たちには思い出が数えきれないほどあります。また、掲載された馬ばかりでなく、メジロティターンやメジロボサツなど、多くの名馬で日本の競馬界を盛り上げ続けてきたメジロ牧場の輝かしい歴史は、永遠の金字塔だと思います。

    その中でデュレンを選んだのは、有馬記念にデュレンが勝った瞬間のこと。ちょうど中山競馬場いた私の目の前で、泣き崩れるOLさんが二人。「どうしたの?」と聞いたら、4-4の馬券(2着が同枠のユーワジェームス)を見せてくれて、「ユメが頭に並ぶので買ったんです。これで、念願のニューヨーク留学ができる」と泣きながら笑って話してくれた姿が、今も忘れられないから。

    メジロの馬で、多くの人たちが幸せになったことも、素晴らしい競馬の歴史なのです。

    こもねこさん2011/05/19 07:37に投稿

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  • 典型的なステイヤーかと思えば、最後のレースとなった京都大賞典のレコード。スピードもまざまざと見せ付けてくれた馬でした。心残りは天皇賞秋、勝って欲しかった、ホンマに(笑)

    goroさん2011/05/19 13:15に投稿

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