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慶應義塾大学 「小よく大を制する“魂”」 ~ラグビー対抗戦の伝統校を検証する~ 

text by

生島淳

生島淳Jun Ikushima

PROFILE

photograph byShigeyoshi Ohi

posted2010/01/28 10:30

 創部110年のタイガー軍団は、10年ぶりの優勝をかけ好発進をしたものの、早稲田に引き分け、帝京に逆転負けしてから、どこか歯車が狂い始めた――。
学生気質は変わり、他校も強化を進める中、日本ラグビーのルーツ校は今後、何に価値を求め、歩んでいくのか。

 本来なら、取材を受けるのではなく、決勝戦に向けて日吉で練習をしているはずだった。しかし1月2日、慶應は東海大に敗れ、突然のシーズンオフがやってきた。

「2月までまったく予定を入れていなかったので、取材がある方が助かります」

 今季、慶應の主将を務めた松本大輝は毎試合後の会見での律儀な答えが印象的だった。敗れた後でさえ「日本一という夢は達成できませんでしたが、この夢を後輩たちに託したいと思います」と毅然とした態度を崩さなかった。会見が終わってから、記者団から期せずして拍手が起きたのは、松本に対するねぎらいの意が込められていたからだろう。

 4月からは一般企業に就職するため、頂点を目指すラグビーからは退く。

「2月まで目いっぱいラグビーをするつもりだったので――時間が経ったら、またプレーしたくなるかもしれませんね」

「小よく大を制す」ラグビーで慶應は捲土重来を誓う。

 少し時間をずらしてから、監督の林雅人がやってきた。

 必然的に話は今季の総括に及んだ。今季の大学ラグビーは、結果を見れば決勝に勝ち上がった2校は大型FWを持ち、外国人留学生がふたり先発に名前を連ねていた。慶應は帝京、東海の両校と対戦してFW戦に持ち込まれ、力に屈した形となった。林は言う。

「来季に向けて考えを練っている最中ですが、来季の慶應が取り組むべきことは、『小よく大を制す』。これに尽きると思います。そこに価値を見出して、実際に取り組み、優勝を目指しているのは慶應しかいないと思います」

 林が監督になって3年、「慶應しかいない」と言い切れるようになったことが、グラウンドで積み重ねてきたことの証である。

選手を成長させるためには指示を「与え過ぎないこと」。

 '07年、サントリーのコーチから慶應の監督に就任し、1年目は徹底したデータ分析で選手の気持ちをつかんだ。学生たちは林が提示した数字による分析に触れ、知的好奇心を刺激された。そして2年目、細かいコーチングを施すことでスキルが向上し始める。

 早慶戦のスコアを見ると、'07年は0対40の完敗。しかし2年目は17対34と最終的にスコアは開いたが、後半20分までは同点だった。差は縮まった。そこで林は方向を転換する。コーチングの量を極端に減らしたのだ。

「去年までは具体的に教えることが必要でした。ところが昨季の反省をすると、重要な局面で信頼できる選手がプレー選択を間違えていた。オーバー・コーチングが選手の判断力を奪っていたんです。じゃあ、選手が責任を持ってプレーするにはどうすればいいか、それにはコーチングの量を減らして選手自身の判断力を向上させるしかない。そういう結論に達しました。『与え過ぎないこと』の重要性に気づかされたんです。当然、今季は言いたいことをかなり我慢しなければいけない場面もありました」

成績表

 一例をあげれば、ラインアウトのサイン選択は春からロックの村田毅に一任されていた。一週間ごとに状況設定を変え、相手の陣形を読んで、最適なサインを選択する練習を繰り返した。今季、シーズンを通してラインアウトから安定したボールが供給できたのは、村田の成長に拠るところが大きい。

 そして3年目の早慶戦は20対20の引き分け。松本は1年の時から早慶戦に出場しているが、戦うたびに差が縮まるのを実感していた。

「1年の時の早稲田さんは、とにかくボールを動かしてくるチームで、自分は経験もありませんでしたし、何をどうしたらいいのか分からなかったほどです。それが今年は慶應がやるべきことをやれば勝てる、そう思えるようになっていました」

 林は選手を、大人として扱うようになった。教えるのではなく、成長を促した。

<次ページへ続く>

► 【次ページ】 外国人FWがいなければ体格差は戦略でカバーできる。

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