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知将・安田善治郎と16人の負けん気娘。 

text by

藤島大

藤島大Dai Fujishima

PROFILE

posted2004/07/29 00:00

SPECIAL FEATURES

[女子ホッケー日本代表]知将・安田善治郎と16人の負けん気娘。

藤島大=文

text by Dai Fujishima

 3月15日。名古屋空港。見送りは3人だった。エースの森本さかえの両親、合宿を続けてきた各務原市の岐阜県グリーンスタジアムの係長さん。日の丸が2本、さみしく揺れていた。

 15日後。出迎えは300人だった。よれたネクタイで新聞記者はペンを走らせる。一般のファンが叫ぶ。いつの間にか増えている関係者も列をなす。テレビ取材のライトは、大きな目玉のように迫ってきた。

 ニュージーランド・オークランドでのアテネ五輪予選突破。まるでなかったみたいだった日本の女子ホッケーは、たちまち列島に認知された。逆から考えれば、これまで、ひとりの知将率いる意欲満々の球技集団は、多くの者の視界の外だった。

 鍛え、走り、粘り抜いて接戦を拾う。

 極度のプレス防御からの速攻スタイルは、確かに通用した。名古屋空港ロビーの騒然こそは凱旋の証明にほかならなかった。

 不可解な人事、不当な冷遇、薄っぺらな海外理論の模倣、理屈に走り勝負を忘れた指導体制。頑固一徹の監督は、なにもかも見返した。アテネ行き航空券は「いまに見ていろ」の実践の成果だった。

 6月、愛知県一宮市。

 日本代表主将、三浦恵子は言った。

「安田先生が監督になったからアテネへ行けた。事実です。それまでの日本も戦術はあった。でも使いこなせるだけの体力が足りなかった。ミーティングが多いというのか。安田先生は練習で徹底的に走らせます。足がついてくることで世界と対等に戦えた」

 2001年、1月26日、日本ホッケー協会理事会で女子代表の新監督が決まった。

 岐阜女子商業高校監督、安田善治郎。当時、54歳。素質と経験の劣勢を厳しい鍛錬で克服、総体優勝は20回など高校ホッケー界で他を圧する実績を誇る名指導者である。

「あ、きたな。地獄の日々がやってくるな。でも何かがくるな」

 三浦は、新監督就任の第一報に思った。

 岐阜女子商業時代に安田監督の薫陶を受けている。だから卒業後は縁が遠くなっていても、覚悟と希望のイメージを抱くことができた。

岐阜女子商業の教官室。

「いやあエアコンもなくて」

 小柄な男は、鋭い視線を少しも崩さず、しかし、やけに柔らかい声で言った。

 しばらく最近のチーム事情などを教えてもらい、やがて指導哲学に話がおよんだ。

「追い込んだ状態から、もうひと絞りできるか。そこが女子指導者のポイント」

「僕、科学者、信用しないんです。スポーツ医学の先生には、むちゃくちゃだと言われます。でも、結局、このほうが勝つんです」

 早口である。本当に自分の思っていることだけを話す。その説得力。

 そして安田善治郎は言った。

「イズムを浸透させるには衝突は避けられない。雇われマダムじゃないんだから。監督は負けたら全責任を取るんですから」

 安田監督は安田イズムを浸透させた。しがらみや妙な気遣いを除去して思い通りの選手選考を貫いた。衝突から逃げなかった。だから女子ホッケーは勝てた。

 安田イズムとは何か。

 高度な走力に裏打ちされた組織ホッケー。しつこい前線からのプレス。ひとりにふたり。「持つな。走れ」。奪った球は瞬時に前へ。苦しい体験あってのチーム一丸。人間は理性のみでは動かない……。

「野戦病院でした。半分近く、倒れた。なめんなよと思いましたよ。僕が監督とわかってるのにね」

 '02年2月。各務原での初めての合宿の思い出である。前年暮れに代表メンバーを発表していたのに、少なくない選手たちは、心身の準備を怠っていた。新チームの意識づけには「最初が大事」だから、かまわず、安田流の猛練習は行われた。

 どんな内容だったのか。

 三浦主将は笑う。

「凄かったですよ。過酷でした。あのころがあるから、いまがある」

「ローパワー」と呼ばれる走力強化。

 300mを走る。1分間の休憩。また走る。5本で1回。それを3セット。

「ターン」。5・10・20mの区切りごとにターンをしながら距離を伸ばす。これも10回×3セット。さらに「1km走」が待ち受ける。これまた3本。午前中の典型的メニューである。2時間、スティックを握らずに、ひたすら走る。

 午後はゲームだ。午前の疲れがたまっており「酸素不足なのか意識が薄れてくる。足が笑う。そのうち手まで笑う」(三浦)。

 笑う。力の入らない状態だ。筋肉の無力化。極限に迫る疲労を示している。

 当然、不満は噴きこぼれた。

「陸上部かよ」

 国内のホッケーには各チームの色がある。

 たとえばアテネ代表に7名を送り込む天理大学勢は、伝統的に「個人の技術」を重視する。森本さかえ、岩尾幸美の両FWをはじめ技巧に優れた個性派も多い。いわばスティック中心。頭では「走力ありき」を理解できても、なかなか技術・戦術練習の始まらぬ内容に疑問はふくらんだ。

 三浦は言う。

「セットプレーの練習をしなくても大丈夫か。スティック、こんなに持たなくて間に合うの。そういう声は強かった」

 板ばさみですね……と質問者がつぶやくと、29歳のキャプテンに否定された。

「いえ、不満の声はそんなには大きくならない。安田監督の独特の世界があるから。いつの間にか選手を甘やかさない環境を築いてしまう。すべて見透かされているというのか。監督の野性的態度、安田ワールドの中にいるうちに少々のことでは動じなくなるんです」

(以下、Number607号へ)

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