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イビチャ・オシム 孤独と重圧のアジア。 

text by

田村修一

田村修一Shuichi Tamura

PROFILE

posted2007/08/09 00:00

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[密着レポート]イビチャ・オシム 孤独と重圧のアジア。

田村修一=文

text by Shuichi Tamura

 「君たちマスコミは、日本が3連覇を成し遂げることを、当たり前のように書く。だが日本の勝利が予め決まっているわけでも、日本がアジア最強であるわけでもない。楽観的になるのはいいが、それが現実を反映しているのかどうか。期待とは異なる現実が訪れたときに、ショックを受けても遅い」

 物静かで理知的だが、曖昧さを許さないシニカルなもの言い。イビチャ・オシム日本代表監督には、対峙する者を自分自身へと向かわせる厳しさがある。それでも、言葉を発した後に相手に向ける彼の眼差しには、他人を思いやる温かみがこもっている。

 そのオシムが、アジアカップが近づくにつれ、“3連覇”という言葉に過敏に反応するようになった。時折見せる硬い表情からは、苛立ちさえもうかがえる。

 日本は過去2連覇している以上、マスコミや世論が3連覇をうたうのは自然なことである。彼が気にする新聞の論調も、それにもとづいたものだ。

 しかし「自然さ」の裏に隠された「不自然さ」に、日本人は気づいていない。2回続けて勝ったから、3度目も「自然に」勝てるのか。オシムを苛立たせたのは、そうした認識の差であった。

 「日本の優勝が決まっているならば、わざわざ大会を開く意味はない。他の国も、そんな大会に参加する必要はないだろう」

 ドイツワールドカップで、オーストラリアやクロアチアを過小評価したのと同じ過ちを、日本人は繰り返している。その点では「何も変わっていない。日本人はもっとサッカーを深く理解すべきだ」とオシムはいう。

 ならばオシムが感じる3連覇の重圧とは、いったいどれほどのものなのか。少なくともオシムの前任者たち──フィリップ・トゥルシエやジーコは、彼ほどのプレッシャーは受けていなかった、ように思う。

 もちろん彼らにも重圧はあった。シドニー五輪は準々決勝で敗れ、32年ぶりのメダル獲得に失敗したトゥルシエは、早い段階での敗退は解任論の再燃へとつながりかねなかった。

 ジーコもワールドカップ1次予選でのもたつきや、海外組偏重のチーム編成、指導力に疑問が投げかけられ、成績次第では解任もやむなしという空気の中にいた。

 ところが大会がはじまるや、かたや圧倒的な攻撃力(トゥルシエ)、かたや驚異的な粘りと勝負強さ(ジーコ)で、アジアの戦いを勝ち進んだ。結果的にどちらも日本の強さを証明したが、戦う前から日本がアジアNo.1という認識があったわけではなかった。

 オシムに対しては、根拠もないままに日本の3連覇を期待する。そして連覇へのプレッシャーは、ひとりオシムの肩にのみのしかかった。スタッフはじめチームのなかに、彼の感じる重圧を共有し、軽減できる者は誰もいなかった。

 かつてトゥルシエは、「監督には同じレベルで議論ができ、本音を語れる話し相手がチームの中に必要だ」と語っていた。そしてトゥルシエ自身には、フローラン・ダバディという若くはあるが才気に溢れる“パーソナルアシスタント”がいた。ジーコにはエドゥーという、彼のすべてを知り、無条件で信頼できる実兄のスタッフがいた。ではオシムには……。彼らに匹敵する存在はいない。

 誰もが“オシムの言葉”を聞く。オシムから学び、彼の教えを伝えようとする。選手もスタッフも、マスコミもサポーターも。だが誰も、オシムの心までは到達できない。彼が味わう苦しみや葛藤を、同じレベルで理解することはできない。オシムとは、そこまで孤高の存在なのだろうか。

 もちろんそうした孤独のなかで、プレッシャーに耐えるのが監督という「仕事」であり、監督という人種の性でもある。監督がひとりですべてを決め、すべての責任を引き受けるからこそ、選手は重圧を感じることなくプレーに専念できる。それでもオシムはこう言わずにはいられなかった。

 「監督もひとりの人間だ。全能ではないし、魔法の杖を持っているわけでもない」

「リアリズム」という言葉に過剰な反応を見せた理由は。

 「準備に十分な時間が取れない。Jリーグの合間に合宿は組んだが、選手のコンディションを見るのが精一杯で、とてもプレーまでは詰められない」

 オシムからこの言葉を聞いたのは、アジアカップのためのJリーグ中断が間近に迫った6月中旬のことだった。カタールやUAEは、リーグをひと月前に終えて合宿に入る。地元ベトナムも同じ。日本だけが出遅れている焦燥感に、オシムは駆られていた。

 一方で彼は手応えも感じる。出発直前合宿では、高温多湿の気候になれるために組んだ、大学生との60分ハーフのゲームで、選手たちが苦しみながらも力を発揮した。特に中村俊輔は5得点に絡み、指揮官を喜ばせた。

 「彼がここにいて一緒に練習するだけで、若手に与える影響力が違うのに」と、昨年9月の中東遠征でオシムは語っている。中村はオシムの期待に違わなかった。彼はベトナムでも誰よりもよく走り、よく動いてオシムサッカーを実践していくのだった。

 「対戦相手はどこも、日本が(Jリーグの連戦で)疲れているのを知っている。激しいサッカーを強制されるとついていけない可能性がある。リズムやテンポの早い試合が続かないように、対策を立てようと思っている」

 グループリーグ初戦のカタール戦は、最後を除きオシムの描いたシナリオ通りの試合となった。前半はゆっくりしたボール回しでペースを掴み、無理に仕掛けてスタミナを消耗するリスクは冒さない。そして後半テンポをあげ、61分の高原直泰の技ありゴールで先制。勝ち点3をきっちり獲得するはずだった。ところが終了間際に、交通事故のようなフリーキックを決められ引き分けに終わる。

 オシムは試合後、ロッカールームで選手たちのミス、注意力不足を叱責した。だが同時に彼は、プレーには満足していた。会見の席に現れた彼は、落ち着いた口調でこう語った。

 「日本がいいサッカーをしたことに驚いている。問題は、美しさを効率に結びつけられなかったことだ」

 そうであったから、翌日の私が何気なく発したひと言への彼の激しい反応は、私には驚きだった。

(以下、Number684号へ)

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