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田中マルクス闘莉王 「サムライの存在意義」 

text by

小齋秀樹

小齋秀樹Hideki Kosai

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posted2006/12/07 22:52

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[熱血漢の素顔]田中マルクス闘莉王 「サムライの存在意義」

小齋秀樹=文

text by Hideki Kosai

 今季のリーグ戦は引き分けからはじまった。

 「去年ここで負けて、自分たちの優勝が難しくなったというのもあったんで、『今日は勝ってやる』って思ってたんすけどね」

 3月4日、万博記念競技場のロッカールームからバスへと向かいながら、田中マルクス闘莉王はそう語った。彼の言う去年とは、2005年11月12日、第30節のガンバ大阪戦。首位ガンバは勝ち点54、3位浦和レッズは50。直接対決で一気に肉迫するチャンスだった。注目カードに、それほど多くはない万博の記者席はいっぱいで、指定席の一部が記者用に割り当てられていた。その一画はベンチ入りしない選手のための席でもあった。

 「いいぞ闘莉王、上がれー」

 闘莉王がオーバーラップするたびに、用意された指定席に座った僕の背後からは、ガンバの選手たちのそんな『声援』が降り注いできた。もちろん声援は自分たちのチームのため。彼らの言葉には、初優勝に手が届きそうなのに連敗を喫してしまっていたチームの勝利を願う切実さが滲んでいた。同時に、攻撃参加が好きな闘莉王のプレースタイルを茶化すようなニュアンスが若干ながら含まれていたことも否めなかった。

 それまでにも最終ラインからガンバゴール目指して何度も駆け上がっていた闘莉王が、ベンチからの指示で上がったままになったのは後半32分を過ぎてからのことだ。スコアは0-1。後半35分、ガンバの遅攻から浦和はボールを奪い、自陣側まで下がってきた『CF闘莉王』にパスが渡る。すぐさまドリブルに入った闘莉王は、寄せてきた遠藤保仁を切り返しでかわすと、そのまま大きなストライドで進み、追いすがってくる遠藤を振り切る。そして、左サイドライン際に張っていた味方へと展開した。ボールを押し進めていた右足からアウトサイドにひっかけて蹴られたボールは、相手DFを迂回しながら味方へと近づく曲線を描いていく。逆襲の効果を消さないだけのパススピードを備えてもいた。

 「アイツ、すげぇやん」

 背後から、ガンバの選手がそう呟くのが聞こえた。最後尾と最前線間の往復を何度も繰り返して迎えた後半の残り10分、そんな時間帯にあれだけ力強い、かつ繊細なプレーをする。それがいかに難しいことなのか、同業者である彼らの感嘆が物語っていた。

 1点を追う浦和が闘莉王によるパワープレーを展開しはじめた後、複数の決定的なチャンスが訪れた。だが、相手GKの好守によりゴールは割れず、逆に後半 38分にダメ押しとなる2点目を決められる。直後に三都主アレサンドロのFKから1点を返すも、2-1でガンバの勝利に終わったこの試合を、そのシーズン最も印象深かった試合として闘莉王は挙げていた。

 「負けはしたけど、自分としては去年いちばんの試合だった。パフォーマンス的にも、試合の流れとしても。良くても勝てないという印象は残ったんですけどね。あの試合は去年の成績を決めたような試合になりましたね」

 4カ月後、'06年の開幕戦はガンバと1-1で引き分けた。

 「去年のチャンピオンにアウェーで引き分けでも、みんな悔しがってたんです。それがこれから必要な気持ちだと思います。今日は残念な結果で、勝ってスタートしたかったんですけど、今日出た課題をクリアして、もっともっといいサッカー、強いチームになるように頑張ります」

 ディフェンディングチャンピオンと彼らのホームで引き分けたことに、不満が隠せない。それが今年の浦和レッズのスタートだった。

守備をベースとしたチームで、闘莉王の攻撃力が生きる。

 チーム全体での守備をベースにレッズは勝ち点を積み上げていく。初黒星は第9節の清水エスパルス戦、1-2ではじまった後半から闘莉王はボランチへと上がった。ボランチは高校時代以来。中盤でコンビを組んだ鈴木啓太はこう感想を述べている。

 「まったく問題なかったと思うし、彼の攻撃力、中盤での高さも生かせたと思います。相手に組織的なDFをされてたけど、崩せてたところがたくさんあった。もうホント、あとはゴールネットを揺らすだけの精度が足りてなかったなって感じでした」

 この試合では、1点を追っていたこともあり、DFラインに内舘秀樹を入れ闘莉王のポジションを変えていた。だが、普段闘莉王が試合で見せるオーバーラップの際には、代わりに誰かを投入するということはしない。鈴木が闘莉王の位置に一時的に下がってカバーする。彼は言う。

 「闘莉王の攻め上がりはとても効果的だし、僕よりも前に行く力はすごくある。僕が相手チームにいたら、嫌ですもん。彼みたいな選手がガーって上がってくるのすごい嫌です」

 闘莉王にどのタイミングで攻撃参加させるか。それが大きなポイントとなる。

 「もちろん、闘莉王自身が考えるときもあるし、他の選手が彼を行かせる場面もあるだろうし、僕が闘莉王を前に行かせるときもある。『お前、行ってこい』みたいな(笑)。闘莉王の方がいい状態でボール持ってるときとか、闘莉王の攻撃センスが生きるところじゃないかなと思ったら、わざと行かせる」

 象徴的なシーンがある。10月7日のジェフ千葉との試合、後半13分、相手ロングスローをペナルティエリア内で跳ね返した闘莉王は、セカンドボールをワシントンが拾うのを確認し、前線へと駆け上がっていく。左サイドでボールを持ったワシントンは相手ペナルティエリアへと迫る闘莉王を狙って中央へ。このボールはクリアされるが、鈴木が拾う。自陣守備の枚数は足りており、鈴木も前へと出てきていた。鈴木から右サイドの山田暢久へ。山田が入れたクロスをゴール正面で闘莉王が競り勝ち、ヘディングで2-0と突き放すゴールを決めた。

 この勝利にはいくつかの特別な意味があった。首位の座を守ったこと、相手が千葉だったということ、チームメイトへの思いを背負っていたこと──前節京都パープルサンガ戦で浦和が勝利を収めた翌日、ガンバが敗れたことで浦和は勝ち点で並び、得失点差で首位に浮上していた。トップに立ったのは8月26日以来。何としても首位の座を守っていきたいところだった。

 だが、対戦相手の千葉にはこの2年間、苦い思いばかりさせられていた。昨年のナビスコカップ準決勝。第1戦は開始早々に巻誠一郎のハンドかと思われるようなダイビングヘッドで先制され、それをきっかけにホームでの試合を1-3で落とす。第2戦、2点差をつけてはじめて同点となる浦和は激しく千葉のゴールに迫った。だが、後半25分、攻めあがった闘莉王がエリア内で倒されるもシミュレーションと判定され、2度目の警告で退場処分となる。目に涙をため、呆れたように笑いながら主審のもとへ詰め寄ろうとした闘莉王を、田中達也が慌てて押しとどめる。結局、この試合は引き分けに終わり、浦和の4年連続となる決勝進出は消えた。試合後、無言で引き上げようとした達也は、闘莉王の退場についての質問にだけ反応を見せた。「闘莉王のはわざとじゃないから」、と。彼の名誉を守ろうとするかのように。その後も、最終節の2試合前に千葉と対戦し、0-1で敗れている。最終的には勝ち点1差で優勝を逃したことを考えれば、この黒星は痛かった。今年は5月3日第11節で対戦、スコアは0-2。闘莉王も「内容的にジェフの方が上だったと認めなくてはいけない。負けて当たり前の内容でした」と語る完敗だった。

(以下、Number667号へ)

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