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岡田武史 アジアに挑み、Jを制す。 

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posted2004/07/15 23:11

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[J史上初の3連続V]岡田武史アジアに挑み、Jを制す。

編集部=文

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松園多聞=写真

photograph by Tamon Matsuzono

「イングランドの諺に、『サッカーは子供を大人にし、大人を紳士にする』というものがありますが、選手は今、子供から立派な大人になってくれた、と思います。まだ紳士にはなっていませんけどね(笑)」

 昨年のリーグ完全優勝に続き、今年のファーストステージも制してJ史上初の3季連続優勝を果たした横浜F・マリノス。先行する磐田をゴール前で差し切っての勝利。岡田武史監督の目指す“常勝チーム”への移行は、就任2年目も着実に進んでいる。

 今年のマリノスは、Jリーグ連覇と共にもう一つ、大きな目標を掲げていた。

 アジア・チャンピオンになること、である。

 アジア各国のリーグ王者、カップ戦王者クラブが集い、その頂点を決めるアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)を勝ち抜くこと。それが新たなるモチベーションとして加わった。

「昨年、完全優勝を果たしたその翌日から、今季のことを考えていました。どのチームからもマークされるし、ACLやA3(A3 NISSANチャンピオンズカップ=日韓中の東アジア3カ国のクラブ王者が競う大会)も含めると試合数が3割以上増える。人員的にもスケジュール的にも困難な状況は目に見えていましたから」

 次ページ下の表を見れば、彼らがいかに凄まじい日程、ハードな試合をこなしてきたかがわかるだろう。岡田監督は、この苦闘の道のりを静かに、淡々と振り返った。

 '04年1月。岡田監督は10日間ほどのヨーロッパ旅行に赴いた。旧知のサッカー関係者と再会し、情報を収集することが主な目的である。それは同時に、今年のチーム構想を漠然と練りながらの旅ともなった。

「ヨーロッパ訪問はここ数年恒例となっています。日本を離れリフレッシュし、自分の頭を整理することが目的。完全優勝は果たしたけど、サッカーの内容、チームの力自体にはぜんぜん満足できていなかったので、来季のためのベースアップを図らなければならない、そのために何かを変えなければ、変えなければ、と思っていた」

 そんな時、友人でもあるユベントスのマルチェロ・リッピ監督(次期イタリア代表監督)が、ある貴重なアドバイスを送ってくれた。

「リーグを連覇するために必要なことは何か、と訊いたときに『一番重要なのは“なぜ優勝できたのか”を考えることだよ』と言われたんです。ああ、自分は変えることばっかり頭にあったな、とその時気付かせてもらった。

 ただ、その言葉を本当の意味で理解したのは、ずっと後のことだったのですが……」

 Jリーグの規則では、来季の契約を更新しない選手への11月中の通知が義務づけられている。昨年11月、マリノスはマルキーニョス(現市原)にその通知を行った。スピード豊かで突破力の高いFWを、来季のチーム構想から外したのである。

「去年の後半、チームがある程度仕上がってきたので、もう1ランク上のサッカーを目指せる、と思ったんです。引いた相手に対し左右からどんどん押し上げ、ポジションチェンジを図ってスペースを作っていくサッカー。そのためにはトップで起点になってくれるFWが必要なんだけど、彼はその起点になかなかなれなかった。だから、まずはその彼を外すことからチームを考えていった」

 そしてJ屈指のユーティリティー・プレイヤーの中西永輔(元市原)と韓国代表ストライカーの安貞桓(元清水)を獲得。しかし、十分な補強ができたわけではなかった。

「本当は、彼らに加えてもっと若い選手たちをとりたかった。去年の戦力は残っているけれど、これだけの日程を乗り切るにあたって、日本のフル代表と五輪代表、さらには韓国代表で抜けてしまう主力が多い。さらにサテライトの試合もある。だからA契約25人枠に入らないC契約の選手を何名かとりたかった。だが1人しか契約できなかった。そこでJリーグに『アジアに出て行くので、特例としてA契約25人枠を撤廃してもらえないか』とお願いしたけれど、それも却下されてしまって。でも、こうなったからにはやるしかない。1月下旬、新チームの始動時に、選手達にはこう言いました。『こんなハードスケジュール、俺もやったことない。お前らもやったことないだろ。だから一体どんなことになるのか、全くわからない。でも、やらずにグダグダ言っても仕方がない。だから、ともかくやってやろうじゃないか』とね」

 新チーム始動から3週間が過ぎた2月10日、早くも最初の公式戦を迎える。ACLグループリーグの第1戦は、ベトナム・ナショナルカップの覇者、ビンディンとの対決だった。3-0。

「チーム作りをしながらの公式戦。しかもアウェーで、暑いところでの試合。メンバーも主力が8人も代表にとられていて揃わない。だから最悪引き分けでもいい、と思っていたら、相手の力がそれほどでもなかった」

 アジアとの戦い。それは全試合が実力の拮抗した相手との対戦になる、ということではない。マリノスが入ったグループGにあって、ビンディンとインドネシアのペルシク・ケディリは明らかに格下だった。各国の強豪クラブであっても、その国のレベルが低ければ実力差は明らか。雰囲気はW杯の1次予選にどことなく似ている。

 しかし、レベルの高い国のチャンピオン・クラブとの対戦は、このうえもない緊張感とプレッシャーを受けながらの戦いとなる。

 グループGのもうひとつのチームは、韓国の城南一和。元韓国代表FW金度勲やブラジル人ストライカーのアデマールを擁し、Kリーグを3連覇しているアジアの強豪である。マリノスは今年、奇しくも3度、このチームと公式戦で顔を合わせることになっていた。2月22日、A3の第1戦の相手がこの城南一和。0-3。完敗だった。

「まだチームが形になっていない中での試合で、メンバーも揃っていなかった。それから当初、A3については“チーム作りの中で新しい選手を見極め、テストをしていく場”であることを強調しすぎて、選手に“この試合は絶対に勝つ”という意識づけをしなかった。ところが城南一和の方はまったくのガチンコ。“絶対に勝って大会を優勝する!”という気迫に満ちていた。その差が出てしまった。

 ただ、試合というのはやはり勝つためにやるもので、そうやって初めて選手の見極めもできる。だから2試合目からは、目の前の試合にベストを尽くした。相手の戦術に応じてこちらも作戦を立てたり、勝ちにこだわった」

 しかし“目の前の試合にベストを尽くす”には、あまりにも過酷なスケジュールがチームを待ち受けていた。A3第2戦、上海申花戦が行われたのは2月25 日。しかしその前日にはACL第2戦、ペルシク・ケディリとの試合が日本で組まれていた。大会前、A3への参加そのものを辞退するか否かで揺れたのには、ひとえにこの日程問題が関わっている。チームはギリギリの判断を迫られた。

「人がともかく足りない。それにACLは日本、A3は上海開催。僕としてはACLにベストメンバーを出したかったけど、A3をないがしろにはできないし、ユースの選手には学校があるのでA3に連れて行けない。だからACLにユースの選手を起用したんです」

 2月24日、三ツ沢球技場。入団1、2年目の若手に交じって、数人のユース選手が先発メンバーとして名を連ねた。背番号も普段見たことのない40番台。16歳の選手もいる。それでも彼らはひたむきに、前へ前へとボールを運んだ。4-0。立派な勝利だった。

「試合前日の練習で初めて見た選手もいた。その練習を見て、正直これはやばい、と思った。だから、コンディショニングを整えるのではなく、ガンガン戦わせる練習をするしかなかった。選手達は気持ちを見せて戦ってくれました。ただ、結果的には、この試合でもっと得点をとっていれば、ということではあるのだけれど……」

 翌日のA3第2戦、その3日後の第3戦(対上海国際)に勝利を収め、それから1週間空いてのゼロックス・スーパーカップでジュビロ磐田と激突(1― 1、PK戦で惜敗)。そのさらに1週間後にJリーグが開幕し、開幕戦の浦和とは引き分け。結果的にこれらの試合で“負け”はしなかった。しかし、十分な戦術練習はほとんどこなせず、チームとしての何かが狂っていた。そして次節の市原戦。監督の中にあった違和感がひとつの像を結んだ。

「リッピが言っていたことを本当の意味で理解したのはこのときでした。結局僕は、チームに新しいトライをさせ、もう1ランク上に行きたい、という気持ちばかりが先に立っていた。去年とメンバーも少し変わっただけだし、準備期間もない。そんな中ですぐに上のレベルに行けるはずがない。つまり、帆掛け舟の船体は変わらないのに、帆だけ大きくすることばかり考えてしまっていた。

 そこで、この時点で選手に謝りました。そして『間に合うかどうかわからないけれど、チーム作りを最初からやりなおそう』と言いました。広げすぎた帆を小さくする決断をしたんです。去年身についたはずの基本的なことからやりなおす。当たり前だけど、守備をきっちりやってまずはゴールへと向かうこと。そこからやるしかないな、ということで」

 岡田監督にとって、異例ともいえるシーズンに入ってからの再スタート。しかし厳しい日程がチームの体力を奪っていく。

「4月の7試合、5月の8試合と、中2日、3日の連戦が続いているときはずっとしんどかった。代表に呼ばれた選手は海外から戻ったその翌日に上海に連れていったりしましたし。シーズンを通じてコンディションの見極めが難しかった。スタッフにも、常に選手とコミュニケーションをとって、何かあればすぐ相談してくれと言ってあった。選手自身も、コンディションを保たなきゃ、という意識はあったと思う。でも、選手というのは、少々疲れていても『大丈夫です』というものだから、それも考慮に入れつつ、何試合も先をにらんでの起用を考えなければならなかった」

 蓄積されていく疲労と、思うようなサッカーができないイライラ。チーム内の空気も次第に悪くなっていく。

「市原戦の後、広島にひどい試合で分けて、セレッソ戦に向けての紅白戦がそのピークだったでしょうね。Bチームに2、3点入れられてしまう状態で、チームがバラバラになっていた。そこで選手たちにこう言ったんです。『マリノスは、少々うまく行かなくなっただけで“なんだよ、やってられないよ”となってしまうのか。ガッカリしたよ。そんなチームじゃないだろう。お互いを信頼し合い、助け合って、一丸となれるのが本当の強いチームだろう』って。この後から、チームがまとまっていくんです。前だったら負けているとみんなイライラして、一人一人はやらなきゃという意識があってもそれがバラバラだった。でも、この頃から、先行されてもヘコたれないようになってきた」

 そして4月7日。城南一和との今季2戦目(ACLでの初対決)は1-2の惜敗。しかし岡田監督は、この試合がチームにとって大きな糧になった、と述懐する。

「この試合は、今季のそれまでの試合の中でのベストゲームでした。とにかく城南のプレッシャーがものすごく速くて激しい。Jリーグのようにレフェリーが頻繁に笛を吹かないから、国内の試合では味わえないプレッシャーが続く。最初は戸惑ったけど、だんだん慣れてきて、そこで選手が『シンプルにパスを回さなければうまくいかないんだ』と体感してくれた。こちらが指示するのではなく、ボール際を激しく当たることを実感してくれた。

 この試合以降、パス回しも早くなり、徐々にチームが上向きになった。意識の変化がプレーの変化を呼んだ。ACLを戦ったことの意義が、この試合に集約されているんです」

 Jリーグ3試合をはさんで、4月21日、アウェーでの城南一和戦。ベストメンバーを(外字53037)えられなかったマリノスだったが、カウンター狙いがズバリと当たり、1-0での勝利。3戦目での対城南戦初勝利で、ACLでの対戦成績は1勝1敗。しかし、最終的には得失点差で、グループリーグでの敗退が決定する。

「ホームでのビンディン戦。6-0だったけれど、選手たちはまだ甘いなあ、と思わざるをえなかった。点を取った後、すぐにボールを拾いにいかない。笛が吹かれても相手にプレッシャーをかけない。その時点で城南との得失点差は10あったけど、試合後に『何が起きるかわからないよ』と言ったら、その通りになってしまった。この点、選手への意識づけを強くできなかったのは、僕の反省点です。

 それから、いかに格下といってもアウェーでは大量点がとれない、ということ。移動時間、気温や天候、レフェリングも含めて、負けることはないが大量点は難しい。だからこそホームでのビンディン、ペルシク戦でもっと点をとらなければならなかった」

 10点もの得失点差がなぜ逆転したのか。それは、城南一和がペルシク・ケディリにホームで15-0というスコアで圧勝していたからだ。

「その試合がねえ……。ペルシクは城南に苦戦すると早々にキーパーを交代させたのですが、そのセカンドキーパーがさらに4点ほど取られてしまった段階で、 “もうやってられないや”と足のケガを理由にピッチを去ってしまったんです。だからその後はフィールドプレイヤーがキーパーをやっていた。だからこその 15点。アジアのクラブの頂点を決める大会なのに、そういうレベルの、そんな意識のチームがでてきて、予選突破の鍵を結果的に握ってしまった。これが現状なんですよ。

 でも、ともかく今年のACLについて言えば、城南と試合ができたこと、こういう厳しい日程、苦しい状況をチーム一丸となって乗り切るんだ、ということで選手達が精神面でタフになってきた、ということが大きかった。やってよかった、と思っています」

 精神面での充実。それは、4月29日から続いた中2日、3日の8連戦を無敗で乗り切ったことに象徴されている。連戦という逆境を力に変えてのステップアップ。目の前の試合にベストを尽くしたその先にあったのが、ファーストステージ優勝だった。

「昨年不本意なシーズンを送った松田(直樹)や上野(良治)のチームへの貢献度は素晴らしかったし、田中隼磨など新戦力が予想外に早く出てきて層が厚くなった。安貞桓もチームの戦術に合わせて運動量を増やしてくれた。チームとしても、疲れているときのゲームのやりくりの仕方や、それに向けてのコンディショニングなど、様々な意味でレベルアップした。これは経験のたまもの。週1試合でこれだけ追い込んだ練習はできないし、そんな悪いコンディションで試合に臨ませるわけにはいかない。普段ならありえない負荷がかかったわけですから。これを乗り切ったことは大きな自信になったと思う」

 アジアで戦うこと、厳しい連戦を粘り強く戦い抜き、勝ちを拾っていくこと。そこで得られる果実をすべて自分の血肉にして、マリノスは強くなっていった。

「ファーストステージは、連戦続きでフィジカルを鍛えられなかった。セカンドステージはそこをしっかりやって、サッカーの質をもっと上げていきたい。ゆくゆくは、マリノスをアジアで認知、というか、できれば世界で名前ぐらい聞いたことがあるなあ、というチームにしたいですしね」

 なおも貪欲に上を目指そうとする姿勢。2年連続のJリーグ完全優勝、それは決して、絵空事ではない。

(以下、Number606号へ)

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