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末續慎吾 「銅メダルからの脱皮」 

text by

折山淑美

折山淑美Toshimi Oriyama

PROFILE

posted2007/08/23 00:00

SPECIAL FEATURES

[逆襲するスプリンター]末續慎吾 「銅メダルからの脱皮」

折山淑美=文

text by Toshimi Oriyama

 東海大学のキャンパスで、緩やかな坂をダッシュで70mほど上った末續慎吾は、平坦な道で息を整えると、別の坂道50mを、今度は膝を上げない摺り足で降りだした。

 「きついですよ~ッ!」

 上りを8秒台で走った末續は、そう言って顔を歪めた。彼はこの練習を5セットこなしている。世界選手権を前にして、異例の厳しいトレーニングである。

 コーチの高野進は、この時期に坂道ダッシュを取り入れた理由を、「2003年のパリ世界陸上の前はこの練習をトラックでやっていたけど、今の末續にそれをやらせると、スピードが出過ぎてしまうから」と解説する。

 末續も、その意図を理解し、坂道でのトレーニングの狙いをこう説明した。

 「わざとスピードを出せない環境をつくって、そこで自分の中のスピードを生もうとする力をつくるというか……。最初の70mで『もう動かないよ』というくらいの無理を体にかけて、そこからもう一度、自分の持っている能力に拍車をかけて、何としてでも体を動かすっていうトレーニングなんです。力を使い切った段階からもう一段ギアを上げたいんです。200m19秒台というような選手と走っていると、『エッ、そこからまだいくの?』って思うことがある。僕もそんな走りができればというのが狙いなんです」

 6月30日の日本選手権、200m決勝。末續は狙った通りに20秒20を出し、「これで銅メダルを獲得した'03年のパリと同じくらいまできた」と確信した。だが、それはあくまでも基礎が終わっただけの状態。日本選手権を終えた今だからこそ、負荷がかかる坂道でのダッシュというトレーニングをして、基礎部分に、大会でファイナリストとして走ったり、19秒台の選手と競って得た情報を加える応用作業をしている。

 「200mの内、50mから120mまでの走りは、ほぼ完成していて強い選手とも勝負できるんですね。でも、19秒台の選手と走ると150mからはお手上げ。無力感を感じるほどなんです。僕らから見ると彼らはそこからひと伸びしてるように見えるけど、実は僕らが減速してるんですよ。そこのギアの上げ方の技術の差というか、力の抜き方の差を感じたんです。僕らが、そんな動きをカバーするのは筋力的に難しいから、練習で得られる、リラックスした摺り足というか、素早い動きなんかの日本人的な動きを求めていかなければいけない。それはとてもじゃないけど、頭で処理できる範囲じゃないんですよ」

 末續が試みる練習は、150m以降の走りの進化を目指している。彼は、この感覚を練習で何度も繰り返すことで、体に刷り込もうとしているのだ。

 '03年、パリの世界選手権で銅メダルを獲ってからの4年間。末續にとって、毎日が勉強だった。'04年のアテネ五輪では、自分のスプリンターとしての欲望を前面に押し出して100mに挑んだ。前年の世界選手権の優勝タイム10秒07に、「あれなら戦えるかもしれない」という、甘い思いもあった。

 しかし、結果は2次予選敗退。外反母趾で足に痛みがあったとはいえ、それが言い訳にならないほどの、圧倒的な力の差を見せつけられた。前を行く選手に感じた無力感は、今でも夢に見るほどだという。

 「非常に恥ずかしい話だけど、あの時は『完敗です』としかいえなかった。今は、何で『悔しい』と涙のひとつでも流せなかったかなって思うんですけどね。どうして負けた理由を隠しちゃったのかなって。でもあの惨敗は、僕にとって通らなければいけない道だったと思うんです。怖いもの知らずでアレヨアレヨという間にメダルを獲ってしまったけど、世界にはもっと怖いものがあるぞ、っていうことを知るためにも、あそこで本当に自分に正直になれましたね。僅差じゃなく、どうやっても敵わないっていうことは、俺の努力がまだまだ足りないってことなんだなって。それこそゼロに戻れたんです」

 メダルを獲るまでは、高野に指導されるままにやってきた。だが、本当の世界との差を知った時、自分の想像を超えなければダメだと感じた。「自分のオリジナリティはそこまで行かないと生まれてこない」、そう考えた末續は、高野にトレーニングをもう少し自分の考えでもやってみたいと申し入れた。

 「今まで甘えていた部分があると思ったんです。例えば競技を止めた時にも、こうした、ああしたと言えるようになりたいんです」

 そんな末續の申し出に、高野はあっさり「いいよ」と答えた。実は高野も、末續が次のレベルに上がるべきだと考えていたのだった。

 「だから'05年のヘルシンキ大会は、200mに出たんです。100mだと自分に正直にならないというか『速いしな~』と思って、言い訳を考えちゃうから(笑)。だったら、言い訳も考えられない200mに出て、自分が今どの位置にいるのか確認しようと。そうしたら準決勝には残れたけど、結局は6位。『あぁ、こりゃ無理だわ』ってなったんです(笑)。体力の違いもあるけど、僕自身もグチグチと難しく考えてたなって思ったんです」

(以下、Number685号へ)

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