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レバークーゼン 化学と白ビール。 

text by

木崎伸也

木崎伸也Shinya Kizaki

PROFILE

posted2005/02/17 10:56

SPECIAL FEATURES

[潜入ノンフィクション]レバークーゼン 化学と白ビール。

木崎伸也=文

text by Shinya Kizaki

 「監督が酔っ払って、練習に来ない!」

 2部への降格がほぼ決まっていた選手たちは、「ああ、またか」とため息をついた。二日酔いの監督が、ミーティングに来なかったのは、これまでにも何度かあった。だがチームの1部残留がかかった大事な時期に、試合に負けたからといってヤケ酒を飲まれてはたまらない。呆れた選手たちは、マスコミに不満をぶちまけた。

 「試合当日の朝7時まで、監督がバーで飲んでいたのを見たことがある!」

 「監督が夜うるさいから、キャプテンが注意しにいった!」

 さらにアウェーの帰りは、勝っても負けても、いつも白ビールで乾杯。これでは選手たちにやる気が出るはずがない……。

 2003年4月、ニュルンベルクの監督だったクラウス・アウゲンターラーは、チームの2部落ちの危機を救えなかったこと、そして何より酒によるトラブルが多すぎることを理由に解雇された。2001年にチームを1部に昇格させたヒーローは、なんとも情けない理由でクビを切られることになる。

 だが、こんな酔っ払いを、すぐに雇った節操のないチームがあったレバークーゼンである。2002年CLのファイナリストになったレバークーゼンだが、その後、主力のバラックとゼ・ロベルトが抜けて、トップメラー監督が去り、チームは降格圏内をさまよっていた。そしてチームは千鳥足のアウゲンターラーを指名した。

 “酔っ払いスキャンダル”にさらされていたアウゲンターラーだが、新チームでは見事に期待に応える。最終節で古巣のニュルンベルクに勝利して15位になり、ぎりぎりで1部に残留させたのだ。アウゲンターラーは、ニュルンベルクをクビになった4週間後、酔っ払いの悪評から一転、“名将”となった。

 それから2年アウゲンターラーはチームを完全に生まれ変らせた。今季のCLではレアルを3対0で打ち負かし、ドイツのマスコミからは「まるでブラジル代表のようにファンタスティックなゲームを見せた」と絶賛された。グループリーグを1位で通過し、見事にベスト16進出を果たしたのである。

 レバークーゼンで何が起こったのか?そもそもニュルンベルクを石もて追われた酔っ払いが、なぜレバークーゼンで名将へと“化けた”のか?工場が24時間操業し、化学薬品の臭いが漂うレバークーゼンの街に向かった。

 まずは、レバークーゼンでユースとアマチュア部門を長年率いていたチーム一の古株、ハーマン・コーチを直撃した。彼は― '96年には監督の経験もあり、チームのことを知り尽くしているはずだ。好調の理由を聞くと、返ってきたのは“設備”の話だった。

 「今季からレバークーゼンは、レアル・マドリーやリバプールが使っているビデオ分析システムをフランスの会社から買って使っている。これが本当にスゴイ。敵だけでなく、自分たちの選手の状態もよくわかるんだ」

 このシステムはフランスの会社が開発した“アミスコ・プロ”と呼ばれるもので、ピッチに8台のカメラを設置して、選手の1対1の勝敗、走った距離、シュートまでのドリブルの軌跡などを解析するものだ。最大の長所は、各選手を画面上に点として表示して、ピッチ全体の動きをアニメーションで再現できること。ドイツで採用しているのはレバークーゼンだけで、その上、ドイツの“マスター・コーチ”という戦術分析会社に依頼して、データをより生きた形で活用している。

 さらにハーマン・コーチは、昨年から新しいプロジェクトを立ち上げている。

 「ACミランのジムでは、選手ひとりひとりに電子チップを持たせて、個人のトレーニングのデータを中央コンピューターで管理しているという噂を聞いたんだ。それで、ウチでも使ってみようと思って、ミランに電話したんだけど担当者は何も教えてくれなかった。これで燃えたね(笑)。今はコンピューターとトレーニングの専門家のスタッフを雇って、独自に近代的なジムを作ろうと思っている」

 今季ミランからDFホッキ・ジュニオールを獲得したときは、まわりのスタッフから「スパイのために、雇ったんじゃないの?」とからかわれるほどに、ハーマンはこのジムを完成させることに没頭している。

 「ホッキ・ジュニオールからは、かなりの情報を引き出したよ(笑)。ミランは選手のデータを採るようになってから、イタリアで一番ケガ人の少ないチームとなった。お金はかかるけど、やり遂げる価値のある仕事だ」

 レバークーゼンの親会社であるバイエル社は、もともと染料会社として1863年にスタートした。当時、市場には自然の染料しかなかったことに目をつけ、フリードリッヒ・バイエルがいちはやく化学染料の開発に成功して、“バイエルの赤”が爆発的なヒット商品になったのだった。親会社の理系的な好奇心と探究心は、現在のレバークーゼンにもしっかりと息づいている。

 そして、中世の錬金術に由来する“化学”のオカルトっぽい雰囲気もかすかに残っている。レバークーゼンのフィジオテラピストを29年間務めるトルツォレクは、選手の治療や薬を決めるのに、ダウジングの方法を使っている。ダウジングはアメリカの西部開拓時代に水脈を発見するときに、糸に垂らした振り子をかざして、その揺れ具合で水のありかを見つけるというオマジナイのようなものだ。もちろん、本当に効果があるかはわからないが、MFバビッチが「彼の治療で、突然足の痛みが消えて走れるようになった」と言うように、選手からの評判もいい。

 今回トルツォレクにダウジングの実演をお願いしたが、広報担当者に「彼が振り子を使っていることは事実だけど、オフィシャルではなく、プライベートで使っているということなんで、ちょっと……」と断られてしまった。プレス対応が良いことで知られるレバークーゼンだが、さすがに怪しげな話だけにあまり表に出したくないらしい。監督は「使えるものは、何でも使えばいいんじゃないの」とあっけらかんとしているのだが……。その代わりに広報は、おもしろい話をおしえてくれた。

 「レバークーゼンでは、選手の世話係を18人雇っている。家や車を探したり、投資の相談にのったり。子供の学校探しまでするのさ」

 外国人選手が多いレバークーゼンでは、いち早くドイツに馴染んでもらうために、きちんと予算を取って対応しているのだ。今季バイエルンに移籍したDFルシオは、携帯電話の新機種が出るたびに失くしたフリをして、新しいものを要求していたそうだが……。

 だが、ピッチの外で裏方がいくらがんばっても、ピッチ上で選手が活躍できなくては全く意味がない。当然監督の手腕も問われる。

 アウゲンターラーは、ピッチ外ではただの酔っ払いオヤジだが、もとをただせば現役時代は、'90年W杯で西ドイツ代表のDFの柱として優勝に貢献し、唯一ベッケンバウアー監督とタメ口をきいていたツワモノ。引退後はバイエルン・ミュンヘンで“若手育成の鬼”と呼ばれた名ユース監督である。

 2003年夏、アウゲンターラーはチームを2部落ちから救ったものの、チーム首脳からある難題をつきつけられた。

 「CLに出場できなくなったから、お金がない。なんとか現在の戦力でやってくれ」

 夏の新戦力は、アマチュアから3人、レンタルからの出戻りが2人、そして移籍金ゼロが2人。実質的にお金を出して獲得した選手は皆無だった。アウゲンターラーは開き直るしかなかった。

 「ひたすら選手の尻を叩くことにした。ハードに、でも、心をこめて。いくらやっても、練習はタダだからね(笑)」

(以下、Number621号へ)

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