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ロナウド 「ゴールを決めればそれでいい」 

text by

熊崎敬

熊崎敬Takashi Kumazaki

PROFILE

posted2006/05/25 00:00

 レアル・マドリーを率いていたころ、前監督のルシェンブルゴは素晴らしい発明をした。

 「ついにできたぞ!― ロナウドが痩せる凄いマシンが完成したんだ!」

 監督に呼ばれたロナウドは、奇妙なヘルメットをかぶるよう命じられた。ヘルメットには竿がつけられていて、そこから垂れ下がった糸の先には血もしたたる新鮮な生肉がぶら下がっている。

 ルシェンブルゴは叫んだ。

 「走るんだ、ロニー!― 肉をめざして!」

 それはFCバルセロナへの偏愛をあけすけに表現するカタルーニャのスポーツ紙「スポルト」に掲載された風刺画だった。その強烈なインパクトゆえ、バルセロナの人々の間で折に触れて話題になったという。

 ルシェンブルゴの発明は、結局、意味がなかった。というのも、ロナウドは少しも痩せていないからだ。いや、日々太りつつあるといっていい。あごから首にかけてのラインはより丸みを帯び、お尻のまわりはいまにも弾けんばかりである。

 4月8日、マドリーは本拠地サンティアゴ・ベルナベウに不振に喘ぐレアル・ソシエダを迎え撃った。

 ホイッスルが鳴った瞬間、ロナウドは胸の前で小さく十字を切り、ゆっくりと歩き始めた。しばらく芝の上をのんびりと歩いていた。ロナウドの周りでは、ラウールが右へ左へ、前へ後ろへと懸命に走りまわっている。

 マドリーの先制ゴールは、その走らないストライカーの一撃によってもたらされた。

 25分、彼らはペナルティエリアの右斜め後ろでフリーキックを獲得した。キッカーのジダンが助走を始めると、エリア前に固まっていたマドリーとソシエダの選手たちが、一斉にゴールへと殺到する。ロナウドも走った。

 直後、ソシエダの選手は面食らった。ゴール前にボールは飛んでこなかった。バズッという鈍い音がして彼らが振り向くと、なぜかひとり突っ立っていたロナウドが身体を捻るように右足を振り抜いていたのだ。すでにネットは揺れていた。

 仲間たちはフリーになるために懸命に走ったが、ロナウドはその逆をいった。彼は走り始めて、すぐにやめた。3歩ほど後ずさりして、結局、元の位置でボレーを放ったのだ。

 2分後、ふたたびロナウドが動いた。

 センターサークル付近で視線を上げたグティが、押し上げた敵の裏へとパスを出そうと機会をうかがう。ロナウドは忙しなくステップを踏み始め、マーカーの死角に潜り込んだ。走らない。まだ走らない。まだ……。突如、鉄砲玉のような勢いで中央のパスコースに斜めに切れ込んだ。タイミングが微妙にずれたようだ。ロナウドは追いつけず、飛び出したキーパーが一瞬早くボールを抱え込んだ。

 ロナウドは草むらでひっそりと息を潜め、最後の瞬間、いきなり姿を現わして獲物を狩る。バルセロナ時代とは、明らかに異なるスタイルだ。あのときの彼は、導火線が火を噴きながら荒野を焼き尽くすように、標的まで一気に駆け抜けた。まるで別人のようである。

今シーズン6度目の負傷、

 

 

ピッチからロナウドが消えた。

 ソシエダ戦でのロナウドは、57分プレーしただけだった。ロビーニョを押し倒したソシエダの選手が勢い余ってピッチに倒れたとき、なぜかプレーに関与していなかったロナウドが、傍らに倒れていた。苦痛に顔をゆがめたロナウドは、救護班が持ち込んだ担架に乗らず、右足を引きずるようにしてタッチラインを越えた。治療をして復帰するかと思いきや、そのままロッカールームへと立ち去った。

 右太ももの負傷、全治3週間。

 その日を最後に、ピッチからロナウドが消えた。

 試合から2日後、ビルバオに飛んでデポルティボ・ラ・コルーニャの前監督、イルレタに会った。ソシエダ戦を現場で観戦した彼に、ロナウドのことを訊きたかったからだ。

 大西洋を望む小洒落たバールで、イルレタはロナウドについて思うところを語り始めた。

 「みんながゴール前に殺到したあのとき、ロナウドだけが3メートル下がってゴールを決めた。要するに彼は賢いんだ。そして狡賢い。正直、いまのロナウドは悪いところが7割ある。いいところは、たったの3割だ。でも、その3割が異常なまでに図抜けている」

 たしかに、いまのロナウドには批判すべきところがいくつもある。まず、太っている。あまり走らない。さらに怪我に弱い。

 〈2ゴールに一度の割合で怪我をする〉

 「AS」紙の見出しは語っていた。今シーズン、ロナウドは6回も故障した。マドリッドのスポーツ紙は、毎日のように彼の怪我について紙面を割いている。

 それでも、ピッチに立ちさえすれば、ロナウドは残り3割の才能によって外野の批判を吹き飛ばす。走り出すと恐ろしく速く、決定力も異様に高い。

 イルレタはロナウドを絶賛する。

 「彼がどんな努力をしているのか知らないが、圧倒的なスピードを維持しているのは奇跡としかいいようがない。しかも、いつも歩いているから、一瞬の速さが生きてくる。わたしはアトレチコでの現役時代、全盛期のバイエルンと対戦したことがある。当時のゲルト・ミュラーは凄まじかった。エリア内でパスを受けたら、ほとんどいつもゴールを決めていたんだ。ミュラーはとにかく“効率のいいストライカー”だったが、その彼にしても、いまのロナウドには敵わないだろう」

 なぜ怪我が多いのか、それについては言葉を濁した。

 「どうなんだろう。たしかに太っているが、怪我の多さと太っていることは無関係かもしれない。結局、何もわからないんだ。ロナウドが太りすぎかどうかも、断言はできない」

 この謎めいた男を、日本代表は止めなければいけない。その極意を教えてもらおうと、次にバレンシアに向かった。ターゲットはアジャラ。アルゼンチン代表のキャプテンを長く務めた、リーガ屈指の守備者である。

 アジャラは笑みを浮かべながら、あっさりといってのけた。

 「ロナウドを止める極意?― そんなのないよ。ペナルティエリアに侵入されたら、止めるのは至難の業だ。だから1対1で止めることより、ボールを持たせないようにするのが建設的だろうな。彼の素晴らしいところは、僕たちを驚かせ、意表を突く動きにある。エリア内での判断も恐ろしく早い。何というか、とにかく凄いんだ。これは他のストライカーにもいえるけれど、ロナウドを困らせるには執拗に食い下がるしかない。神経質にさせて、ミスさせるんだ。そうそう、僕がミランにいたころ、ミラノダービーで一度、かなり激しく肘打ちしたり、小突きあったりしたことがあった。どうなったかって?― 狙い通りロナウドは怒ったよ。でも結局、僕らはふたりとも退場になってしまった」

 ロナウドのことを語るアジャラは、とても嬉しそうだ。なぜだろう。

 「正直にいうと、僕はロナウドのようなストライカーが大好きなんだ」

 難しい相手なのに、どうして?

 「凄いから大好きなんだ。だって難しい選手を抑えたとき、僕らディフェンダーは格別の喜びを味わえるじゃないか。僕らは何度も戦ってきたけれど、試合が終わるといつもユニフォームを交換しているよ。世間ではロナウドを太っているとか何とか批判する人もいるけれど、僕はそうは思わない。あの速さが失われたら、肥満だといえるかもしれない。でも現実には、ちっとも能力が落ちてないじゃないか。やっぱり彼は凄いんだよ」

(以下、Number653号へ)

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