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長谷川滋利が語る 「初登板で見えたもの」 

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生島淳

生島淳Jun Ikushima

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posted2007/04/19 00:00

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[徹底分析]長谷川滋利が語る 「初登板で見えたもの」

生島淳=文

text by Jun Ikushima

 初登板の印象をひと言で語るなら、松坂君は「大物やな」ということになる。

 マウンド上での落ちついた態度、どんな状況になっても精神的な動揺がないところなど、これは松坂君が日本で培って来たものだろう。甲子園を経験し、プロに入ってからも注目されることで、どんな状況でも冷静に投球しようと若い時から言い聞かせていたのだろうが、それが「本物」になっている。26歳でこれだけの落ち着きを見せるのは、並大抵のことではない。

 いちばん分かりやすかったのは、6回裏にデヘススに本塁打された後、2番のヘルマンに対して落ち着き払っていたこと。ふつうメジャーの投手であっても、本塁打を打たれた後は気持ちの整理がつかず、それが指先に伝染してコントロールが狂う。ワンバウンドを投げたり、捕手が構えたミットとは違う方向に行ったりすることもしばしば。ところが松坂君は落ち着き払ってストライク2つを取った。結果的には追い込みながらヒットを打たれたが、それよりもストライクをポンポーンと2つ取った方が印象に残る。

 すぐに気持ちが切り替えられたり、マウンド上でいつも同じ表情を保つことはむずかしい。こうした資質は一流の投手には欠かせないものなのだが、メジャーのデビュー戦だというのに、興奮や緊張を見せることなく、まるで散歩にでも行くかのようにマウンドに上がる松坂君の姿を見ると、投手としての精神的な完成度が高いと感じた。

 たしかに立ち上がりは調子が良いとは言えず、ここで失点しなかったのは大きかったが、日本でも同じような立ち上がりだったと聞いているので、この点でも松坂君にとってメジャーのデビュー戦というより、「いつもの試合」という意識でいたのではないか。

 投球内容に関して言えば、配球は捕手のバリテックにかなり任せていた。メジャーでは配球面について投手に主導権があるが、松坂君は自分のスタイルにこだわることなく、ベテランのバリテックを信頼していると見る。この態度は立派で、将来に成長の余地を残している。「聞く耳」を持っていること、それは自分をより良い方向に変えていこうという意志の現れでもある。

 そのバリテックのリードだが、松坂君のことを変化球投手と見ているようだ。日本では速球派のイメージが強いだろうが、この日のストレートは91~95マイルくらい。決して遅くないのだが、実際には92マイル程度に抑えてコントロールを重視していた。

 それに何と言ってもストレートを要求する数が極端に少ないのである。ふつう、速球派だったら投げる球の半分はストレートだ。ところが松坂君の投球は、ストレート、スライダー、カットファーストボール、チェンジアップ、フォーク、カーブの6種類の球をバランスよく配合していた。つまり、ストレートも6つの球種のうちのひとつでしかない。

 ここにバッテリーの「意図」を感じる。ロイヤルズ戦を見る限り、バリテックは松坂君を変化球投手として他のチームに印象付けようとしているように見えるのだ。このままのスタイルで行くのか、それともある試合ではガラッと投球スタイルを変えるのか。その変化を見るのも面白そうだ。

 球種を見ていくと、ロイヤルズに対して特に有効だったのが、フォークとカーブである。6種類、どの球も質的には「上」であるが、特にフォークとカーブに関しては、打者としても予測し、タイミングを合わせて待たないと打てない類のものだった。

 この日のロイヤルズはまだ松坂君に対する情報が少なく、狙い球が絞り込まれていなかったが、松坂君が3回目の登板で対戦予定のエンゼルス、そして4戦目のヤンキースあたりになるとスカウティング・レポートも充実し、対策を練ってくるはずだ。

 おそらく狙いは、80マイル台の変化球になる。スライダーとチェンジアップに関しては、同じタイミングで待つことが出来るので、狙い球としては有効なのだ。エンゼルスの監督は私の現役時代の上司でもあるマイク・ソーシア。知将なので何らかの対策を講じてくるはずだし、ギャレット・アンダーソン、ウラジミール・ゲレーロとの対戦が楽しみだ。

 さらにヤンキースの打線はpatient、我慢強く、無駄な球には手を出さない打者──アブレイユ、ジアンビ、それに松井君──が揃っている。ひょっとしたら松坂-バリテックのバッテリーは、ヤンキース戦を境に投球をガラリと変えてくるかもしれない。

 最初の登板を見る限りでも、松坂君は一流の投手として完成の域に近づいているのだが、まだ成長の余地がある。特にストレートは、トレーニング方法を変えれば、まだまだ速くなる。

 日本式のトレーニングには利点もあるのだが、マイナス面もある。日本の先発投手の場合、練習の段階から球数を投げるので、全力で投げることが少なくなる。そうなると、必然的にストレートのMAXスピードが遅くなってしまう。そういう体になってしまうのだ。陸上にたとえるなら先発はマラソン選手のようなもので、持久力はつくが、100mのスピードは犠牲にされる。

 今後、松坂君がメジャー流の調整を進めていき、中4日の間に投球練習をするのは1日だけに限定していくと、球数の心配をしなくて済むので、練習の段階から速い球を投げられるようになるはずだ。

 そうすれば96マイル、97マイルのストレートが出ても不思議はなく、ストレート、フォーク、スライダー、3球で相手を片付ける絶頂期のランディ・ジョンソンのような投球が出来る可能性もある。

 最初の登板は初勝利という最高の幕開けとなったが、伏線が張られている匂いもして、これからの「松坂ウォッチ」がますます楽しみになる内容だったと言える。

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