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オリンピック・リヨン 「いまだ夢の途中」 

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橘昇

橘昇Noboru Tachibana

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posted2005/03/31 11:05

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[地元密着取材]オリンピック・リヨン 「いまだ夢の途中」

橘昇=文

text by Noboru Tachibana

 フランス中東部、リヨン。

 黒髪はボサボサ、黒い無精髭がうっすらと両頬を覆う47歳のジャン・ピエールは、口下手だ。そのせいか、やたらと身ぶり手ぶりが多い。

 手ぶりで自分の二人の娘を意味する時、「オレの娘は……」と右の手の平を下に向けて自分の膝まで降ろす。しかし、13歳になる長女の背丈は彼の盛り上がった肩より高く、9歳の次女も父親の厚い胸まで届く身長だ。

 再度右の手の平を自分の膝下まで下げるのは、「こーんなに小さい子供の頃からOL(オリンピック・リヨン)ファンだ」という意味である。彼は、OLのホーム、スタード・ジェルランから200mも離れていないところで生れ育った。

 ジャン・ピエールが血気盛んなティーンエージャーだった頃のOLは、期待すれば裏切られ、諦めるとまた希望をいだかせる、浮き沈みが多い「エレベーターのような」クラブだった。彼は「負けて涙した記憶の方が多い」と当時を回顧する。

 ジャン・ピエールは2年半前、若い頃から温めていた夢、スタジアム近くにOLのファンが集れるカフェをオープンした。リヨンで、もちろんフランス国内でも初の「オフィシャル・カフェ」だ。OLの国内外全試合をライヴ中継で見られるとあって、リヨンから50㎞以上も離れたところから車を使って、このカフェに “観戦”にやってくる常連ファンも多い。

 3年連続フランス・チャンピオン、さらにCLでも大躍進。ジャン・ピエールの“不完全燃焼の青春”だったクラブが今、大変身を遂げたのは何故か?

 CLベスト16第2戦。OL7-2W・ブレーメン。

 「オーレー、オーレー、オーレーオーレーオーレ― ――!!」

 スタード・ジェルランは歓喜の大合唱に包まれた。7ゴールは勝者にも敗者にも歴史的なスコアーだ。

 流れるドリブル、流れるパス、滑らかにボールをゴールに運ぶシュート。OLは、個人技でも戦術でも、約40年間ヨーロッパのカップ戦を戦い続けてきたブレーメンを圧倒した。ブレーメン監督のシャーフがハーフ・タイムで十二分に注意を促したにも拘らず、ブレーメンはOLを止められなかった。ブレーメンのフランス人選手、ヴァレリアン・イスマエルは、6点目を入れられたとき、まだ64分しか経っていないと知って悪夢を見ているのだと思ったと、その驚愕を表現した。マネジャーのクラウス・アロフスは、OLの勝負に対する意欲を褒め称えた。

 「OLの選手は直感的にプレーしたのでもなく考えてプレーしたのでもない。勝つために労を惜しまなかった」

 選手が練習を終えて三々五々クラブハウスに引き揚げてくる。その最後に、短く刈り上げた髪、青く剃り込んだ頬ヒゲ、とんがった鼻。長身の監督がボールを二つ両脇にかかえて、自分の足元を見つめるようにして戻ってくる。自らそのボールを用具置き場に戻すと、彼を待つ十数人のジャーナリストに向って歩を進め、 “ボン・ジュール、ボン・ジュール”と全員に手を差し出して握手する。

 これが大躍進するOLを率いる41歳のポール・ル・グアンだ。

 選手時代PSGで活躍したル・グアンは、大学で経済学を学んだというフランス・サッカー界では異例の監督だ。ランヌでの監督としての実績を認められて、初タイトルを獲得した直後のOLにやってきた。早速その手腕を発揮して、さらに2連覇させた。リーグ勝点79は最多タイ記録、得点64は最多、失点26は最少の新記録というオマケも付けた。「CLでは相手がオフェンシブだから点がとりやすい」と、ル・グアンは言うが、今シーズン、CLでの得点力は“爆発”している。その原因の一つとして、「良いメンタリティー、サッカーに意欲のある優秀な選手が多い」と彼は自らの選手を評価する。

 しかし、今シーズン実力をコンスタントに出せるようになったのは、ル・グアンの手腕によるものだ。

 ル・グアンはユースにも常に注意を払い、試合はもちろん練習にも目を向けているため、ユースの選手についても熟知している。昨年末、主力を欠いた時も若手を巧みに起用し、スパルタ・プラハ戦では5-0と圧勝した。OLの選手層は厚い。

 またリヨン近隣のクラブはもとより、アフリカ、ブラジル、チェコにスカウト網を巡らせ優秀な選手を集めている。中でも、'93-'97年にプレーしたCBのマルセロを始めとしてブラジル人プレーヤーの近年の活躍は特筆に値する。現在はジュニーニョ、クリス、カサパ、ニルマールの4選手が在籍する。FKの名手ジュニーニョは、昨年2月の月間最優秀プレーヤーに選ばれ、新人ニルマールはル・グアン監督期待の選手だ。

 OLのブラジル人が活躍する理由として、OLのOBで元仏代表選手、現OLスポーツ部門顧問代表のベルナール・ラコムブは、

 「彼らの出身地は“オレー!オレー!”のサンバのリオではなくサンパウロ、ベロホリゾンテ、ポルトアレグレ等で、働き者で真面目な性格がリヨンの気質にあっているからだ」

 という。

 かくして、過去7年のヨーロッパ・カップの試合数でOLの62は古豪を押し退けナンバー1になり、過去10年のフランス国内の成績を集めたランキングでもトップに立っている。

 「出る杭は打たれる」風潮がリヨンという街にはある、といわれる。確かに“スーパー・スター”は今のOLにはいない。しかし、同水準の粒がそろったチームの結束が強いのはOLの強みだ。それでもル・グアンの“理想の水準”にはまだ遠い。彼の理想が「カペッロのミラン」だ。

 ル・グアンは、CL優勝の可能性について口にしない。まだ「ミラン、ユーヴェが控えている」。全て、カぺッロが指揮を執ったか執っているチームだ。

 「優勝を狙えるかどうか言えるのは、他より抜きんでたクラブだけだ」と、ル・グアンはあくまで控え目だ。今後の結果によって、OLの実力が“抜きんでた”ものかどうか、彼自身も知ることになるだろう。

 OLが本拠地をかまえるリヨンは、ローヌとソーヌ、二つの川が鋭角に合流する地点に位置する。紀元前、古代ローマ帝国の植民地として街の歴史が始まり、現在はパリに次ぐフランス第2の経済都市である。また昔から文化、科学等の分野で著名人を輩出している文化都市でもある。

 OLは、1950年、前身のLOUからプロ・サッカー・クラブとして独立した。フランス・カップでは'60-'70年代に活躍し3回優勝していたものの、リーグでは中位と下位、上位を上下する“中堅”のチームで、'80年代半ばは2部にとどまっていた。

 強豪への仲間入りは、ピッチの外から起こったのだ。それはひとりの会長が起こした革命だった。

 2部だった― '87年、現在はヨーロッパ第3の規模を誇るソフト産業会社〈CEGID〉社長、現在56歳のジャン・ミシェル・オーラスが会長に就任してからOLは上昇の一途をたどることになる。

 元々OLのロイヤルなファンだった彼は、初めから“ヨーロッパ”を目標にして会長を引き受けた。リヨンがパリに次ぐ第2の経済都市だという自負から、「公約実現に不安は全くなかった」という。

 長期計画で大切なのは「いきなり大きなことに着手しないこと」という彼は、あまりにも“ローカル”過ぎたOLをまずは“プロフェッショナル”に、さらに“ インターナショナル”へと段階的に引き上げた。クラブの経営組織を手始めに数々の大胆な変革を行い、反対の声もあがった。しかし、例えば彼の会長就任前、年間200枚しか売れていなかったユニフォームは、現在7万枚を売り上げるまでになった。

 各種の会社をクラブ自らの傘下に持ち収入面の安定を図った。ライセンス制度をマーチャンダイジングに取り入れ、タクシー、レストラン、ワイン、化粧品、健康食品等にも「OL」のロゴを入れるようになり、イメージアップの効果も果している。地元記者、セルジュ・ボネールは「全てが200%変わった」と記したが、OLのバジェットは、'89-'90年の945万ユーロから'02-'03年の1億150万ユーロと、974%増加した。

 「こんなに長く務めるとは想像しなかった」と笑うオーラスの会長在任は18年目。これはフランスの記録である。

 「10年間トップを争い続けて初めて“大クラブ”と呼ばれるようになる」

 リーグ連覇はまだ3回。過去のCLでは準決勝止り。この記録はまだオーラスには物足りないらしい。彼自ら“大クラブの会長”を自負するまで、OLの躍進を進める彼の“OL改造計画”は止らないだろう。

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