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怪物の臨界点を探れ。 

text by

鷲田康

鷲田康Yasushi Washida

PROFILE

posted2007/03/08 00:00

SPECIAL FEATURES

[証言構成]怪物の臨界点を探れ。

鷲田康=文

text by Yasushi Washida

 松坂大輔はこれまでも数々の鮮烈な記憶を我々の心に刻んできた。

 横浜高校3年生のときの夏の甲子園。PL学園高校との延長17回の死闘から始まり、決勝戦をノーヒットノーランで締めるまでの最後の3試合。プロに進んでからは1年目、いきなり155kmの剛速球で日本ハム・片岡篤史から空振り三振を奪い白星を飾ったデビュー戦。「自信が確信に変わった」と表現したイチロー(当時オリックス)との初対戦。2004年のプレーオフでの力投もあった。国際試合でもシドニー、アテネ両五輪では、敗れてもなお凄みを印象付けるような気力溢れるピッチングを見せてくれた。そして昨年のワールド・ベースボール・クラシックでは、MVPも受賞し文字通り世界のトップクラスの実力を実証してみせた。

 そのときどき、松坂は我々が想像する“最高”のパフォーマンスを見せてきている。

 「もうこれ以上のものはない。ここが松坂の頂点ではないのか」

 ピッチングを見るたびに、我々の胸の中に去来したのは「最高のものを観た」という充足感と、松坂という投手の持つ能力の高さへの驚きだった。だが、その驚きはある意味、投げるたびに裏切られる結果となってきた。

 最高だと思ったものが、最高ではなかった。この投手にはもっと高い到達点があった。次のマウンドを見るたびに、より高い水準の投球があった。それは見るものにとり、ある種の混乱を招くものだったかもしれない。

 「松坂は普段は本気を出さない……」

 そんな“伝説”が語り継がれるようになった理由はその辺にあるのだろうか。レギュラーシーズンでは“手抜き”しながらマウンドに上がり、本気を出すのは大事な試合だけ……。節目、節目で見せる凄みを目の当たりにするたびに、そんな疑いが我々の心に渦巻く。だが、その一方でもう一つ、大きな疑問も浮かび上がる。

 「松坂の能力のMAXは、いったいどこにあるのだろうか?」

 世界最高峰のリーグに挑む右腕の臨界点。メジャーの舞台に立つ松坂が、この先どこまで到達するのか、その行き着く先はどんな世界なのか。

敗戦の中で見せた、並外れた適応能力

 松坂の原点でもある横浜高校時代を知る恩師の渡辺元智監督は、こう語る。

 「私が知る松坂の最高のピッチングは2年の春の関東大会、前橋工業戦だったと思います。確か延長13回までいったんですが、後半に入るに従ってスタミナも切れないし、コントロールも良くなっていく。回を追ってもいっこうにボールのスピードは落ちないし、切れも変わらない。こいつは凄い投手だなと、実感した試合でした」

 もちろん3年生の夏の甲子園大会での快投は、松坂の高校野球の集大成だが、その姿はすでに2年生の春の時点で渡辺監督には見えていたわけだ。ある意味、この時点で高校球児・松坂のMAX値は出ていたともいえる。しかし、渡辺監督はその直後に、自分の思っていた以上に計り知れない松坂の持つ可能性を感じた場面があった。

 それはその年の夏の神奈川県予選準決勝の横浜商戦だった。この試合で松坂はサヨナラ暴投をして、横浜高校は甲子園への道を絶たれた。松坂にとっては一つの転機となったとされる試合だが、その敗戦の中で渡辺監督はこの16歳の投手の並外れた適応能力を感じたという。

 「彼は決して口にしようとはしませんが、あの暴投は実は単純な暴投ではなかったんです」

 場面は9回、同点に追いつかれた直後の一、三塁だった。

 「ああいうケースを想定して、ウチの投手は三塁走者がスタートを切るのを視界にとらえたら、そこからウエストする練習をしていたんです。非常に難しいプレーです。キャッチャーとの息も合わないとダメだし、練習をしていても普通はとっさにはできない。それをやろうとしての暴投だったわけです」

 高校2年生にとっては非常に難しいプレーだった。おそらくその時点の松坂の力としては、まず投げることで一杯だったはずだ。それでも日ごろ、練習をしてきたために、もう一つ上のレベルのプレーまで対応してやってしまう。限界を自分自身で打ち破ったのだ。松坂の無限の可能性はここにある。その時点では成功するかどうかは分からないが、必ず今より上のレベルにトライし、それなりにこなしていく適応力の高さ。その積み重ねが松坂のレベルアップの道筋なのだ。

 このサヨナラ暴投は、当時の松坂の能力からはまだまだムリなプレーだった。だが、この大事な試合の、大事な場面で、そのMAXを越えたプレーにトライした。そうすることで松坂の能力フレームは確実にひと回り大きくなっていっているのだ。

 3年夏のピッチングは「平成の怪物」と呼ばれるにふさわしいケタ外れの内容だった。高校生ながら150kmを越すストレート。切れのいいスライダーにカーブ、チェンジアップと、どの球もプロで通じるだろうと思わせる一級品揃いだった。だが、渡辺監督をして、その3年間を振り返ったときに最もケタが外れていると思わせたのは、技術的な一つ一つのものではなかったわけだ。

 ひとことで言えば、野球選手としてのスケールの大きさ。プレーヤーとして、新しいものに挑めば挑んだだけ自分のものとしていく吸収力の高さ、無限さ。底の見えない可能性の高さが松坂大輔という投手だったわけだ。

 こうして自らの意思と力で、その臨界点を高めていった松坂にとり、プロの世界はまさに自らをスケールアップするには格好の場であったことは間違いない。

 西武入団と同時に、プロの投手としてのイロハを伝授した師匠の東尾修元監督は、松坂の持つポテンシャルをこう話している。

 「持っているボールそのものは、かなり完成されたものになってきているし、今のままでも十分にメジャーで通用すると思います。例えば真っ直ぐも、僕が最初にダイスケに言ったことは、ベースの上を通る時に、どれだけ速くて切れのあるボールを投げられるか。三振のとれるストレートとそうでないストレートということです。単に速いだけのボールじゃ空振りはとれない。そういうボールの質をいかに求めていくかがプロの世界なんだということを口を酸っぱくして言い続けた」

 それまで松坂にとっては自分の力を計る一つのバロメーターはスピードガンのスピード表示だった。どれだけ150kmを越えられるか。自分のMAXの数値はどこにあるのか。だが、東尾が求めたスピードは、単なる数字ではなかった。

 「僕らはバッターが三振する姿をみればどんなボールか分かる。だからデビュー戦で片岡が三振する姿を見て、その瞬間に“コイツは大丈夫だ”と思った。真っ直ぐがシュート回転するという人もいるけど、力のあるボールはシュート回転する。どんなパワーピッチャーでも晩年はシュート回転なんかしなくなって、きれいな真っ直ぐになる。力があるボールというのはシュート回転しやすいということなんです。だからそういう特性を生かせる精度を身に着ければ、ダイスケはまだまだレベルアップができる要素を持っている」

 東尾は今の松坂の力を、持っているMAX値の「7割から8割の間」と評価する。

(以下、Number673号へ)

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