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矢野輝弘 マウンドに行かない哲学。 

text by

阿部珠樹

阿部珠樹Tamaki Abe

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posted2005/08/18 00:00

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[ベテラン捕手の方法論]矢野輝弘 マウンドに行かない哲学。

阿部珠樹=文

text by Tamaki Abe

 JFKとは、タイガースらしからぬ(失礼)、しゃれたニックネームである。リードして終盤を迎える。藤川球児(F)、ジェフ・ウィリアムス(J)がリードをしっかり保ち、最後は久保田智之(K)が締める。今シーズン、タイガースが他チームに大きく水をあけて前半戦を折り返した最大の要因としてあげられるのが、このリリーフ3枚の活躍だ。

 だが、この3人、よく考えてみればポッと出の新人ではない。藤川は球威を高く評価されながら、なかなか開花しなかった7年生だし、ウィリアムスは'03 年のリーグ優勝の際には抑えの切り札だったが、去年は低迷し、一部には「もう通用しない」などといわれていた。久保田も去年は故障に苦しみ満足な成績が残せなかった。

 力はあるが、飛躍するにはさらになにかが必要だった3人にサムシングを与えたのは、リードする矢野輝弘と考えるのが自然だろう。

 もちろん、ベテランの矢野だから、「オレがこうしたから3人は活躍できるようになった」などとはいわない。しかし、3人への評を聞けば、矢野がなにをしたかもおのずと見えてくる。

 「球児の場合は、去年、あまり勝てはしなかったけどチャンスをもらえた。それで欲が出てきましたね。今年はキャンプのときから、セットアッパーとしてなにをやればいいのか、自分で明確につかんでいる感じだった。普段は陽気なやつだけど、今年は野球への意識がすごく高まった感じがする」

 もともと矢野は、藤川の投球への細かい気の遣い方を評価していた。

 「投げるボールだけ見ると、インサイドにズバッと速い球を投げ込んだりして、大胆に見えるかもしれませんが、実は繊細な感覚を持っているんですよ」

 その細かい気配りを生かしながら、一方で、あまり突き詰めて考え、袋小路に入り込まないように配慮する。それが矢野の、藤川への基本的な接し方だった。そのバランスがちょうど絶妙だったのが、今年の飛躍につながったのだろう。

 ウィリアムスの場合はどうか。

 「ジェフは、去年、あまりいい結果が出なかったけど、それは、彼にとってオリンピックが大きすぎたからだと思うんです。オリンピックから帰ってきたあとは、明らかにスピードがなかった。だからぼくは、今年になれば、また復活すると思っていた。シーズンに集中できますからね」

 もう通用しないのでは、といった先入観を退け、以前と同じように信頼してやること。それが矢野のやり方だった。ウィリアムスは去年までは抑えだったが、今年はひとつ前の中継ぎに回っている。外国人選手は役割変更にヘソを曲げるケースも少なくないが、ウィリアムスに限ってはそんな様子は見られない。

 「腹を立てるよりも、どんな形であれ、試合を任されている喜びのほうが大きいのでは。ジェフはチームのためになるならと割り切っていますよ。それに、抑えに回った久保田の力も認めていますからね」

 では、ウィリアムスからポジションを奪った形の久保田には、どんな導き方をしたのか。

 「彼が失敗するのは、がむしゃらに行き過ぎるところがあったから。力勝負に走り過ぎてしまう。だから気持ちをセーブしてやらなければ。がむしゃらに行きたがるのはいい結果が欲しいからなんです。いい結果がつづけば、気持ちは楽になる」

 だから矢野は、シーズンはじめの入り方に特に気を配った。久保田で締めて勝つ。そのパターンができあがれば、久保田はもっと力を出すだろう。そして4月、5月をスムーズに乗り切り、交流戦の快進撃につなげた。

 「もともと力はある。いい結果が重なってきているから、今はもう心配していませんよ」

 最近の野球は、ピンチになると、やたらと捕手がマウンドに行く傾向がある。その中にあって、矢野は、マウンドに行く回数が少ない。試合展開にもよるが、投手交代まで行かないケースさえある。

 「たしかに多くはないと思います。でも、できるだけ行かないようにと考えて回数が少ないんじゃない。絶対に行かなければならないときは、行くようにしていますよ。ただ、自分としては、絶対に投手と意思を一致させる必要があるとき、とっておきの時にだけ行くようにしたい」

 それは、矢野の捕手哲学と関係がある。

 「ぼくは投手にできるだけ自分の考えを持って欲しいんです。最後に投げるのは投手。捕手に〈投げさせられた〉ボールはやっぱり力が乗っていない。自分で考えて投げたボールでいい結果が得られたときの喜びは、リードされて打ち取ったときとは比べものにならないと思うんです」

 キミが投げるんだ。オレは川べりまではついて行くけど、水を飲むか、泳いでわたるか、引き返すか、最後に決めるのはキミなんだ。そうした考え方がマウンドに行く回数を少なくさせている。

 タイガースは、藤川、久保田だけでなく、先発の杉山直久、リリーフの江草仁貴、ルーキーで中継ぎの橋本健太郎など同世代の若い投手がつぎつぎにひとり立ちしている。もちろん本人の精進が大きいだろうが、この若手の成長の背景には、矢野の「捕手哲学」が影響している気がしてならない。決して偶然ではないだろう。

 矢野は金本知憲、下柳剛と並んでチーム最年長である。37歳トリオはみな好調、それにも理由があるという。

 「若いやつらよりぼくたちトリオのほうが優勝したい気持ちは強い。優勝はいいものだということがわかっていますからね。若手の刺激になることも意識してプレーしていますよ」

 矢野とほかのふたり、37歳のトロイカは、なかなかバテそうにない。

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