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コスモバルクと五十嵐冬樹「夢の途中」 

text by

石田敏徳

石田敏徳Toshinori Ishida

PROFILE

posted2005/01/20 00:00

SPECIAL FEATURES

[第49回有馬記念(GI)]コスモバルクと五十嵐冬樹「夢の途中」

石田敏徳=文

text by Toshinori Ishida

 ルメールへの乗り替わりを宣告されたジャパンCを、コスモバルクの主戦を務めてきた五十嵐冬樹は東京競馬場の馬主席の一角で見た。そしてレースの2日後、ビッグレッドファームには彼の姿があった。同馬の実質的なオーナーといえる岡田繁幸と話し合いを持つために牧場へやってきたのである。

 その場で岡田は有馬記念での騎乗を五十嵐に依頼した。ただしそのオファーにはある条件がついていた。「ゼンノロブロイをマークして進むのは難しいことだと思う」と岡田は言った。だがたとえ立ち上がってコスモバルクを抑えてでもあの馬をマークしてほしい。騎手としてそんな無様な姿を人目にさらすのが嫌なら、乗らなくても構わない― ――。これが岡田の提示した条件だった。

 「乗せてください」と五十嵐は即答した。それまでの彼は目先の勝負を優先するあまり、「好位に控えるレースを馬に教え込んでほしい」という岡田のリクエストに必ずしも服従はしてこなかった。だが、改めて与えられたチャンスを前に“岡田の注文通りに乗る”ことに心を砕いてみようと、この時点での彼は考えていた。

 しかし段々と時間が経つにつれて五十嵐の心の中では、春の時点から感じていた葛藤の雲が再び渦を巻いてきたのである。

 ――本当にそんな競馬ができるのか。仮に行きたがる馬を抑え込めたとしても、それはバルクの長所を殺すことにはならないのか。ならばむしろ馬の行く気に任せて走らせたほうが勝利に近づけるんじゃないか。

 それは騎手としての彼の五感が発する心の叫びだった。思えばその叫びと岡田のオーダーとの狭間で、五十嵐は春からずっと悩み続けてきたのだった。

 結果的にはレースの前日、ゼンノロブロイをマークして進む作戦には無理があるとの結論に達した岡田から電話が入り五十嵐は葛藤から解放された。ところが皮肉なことに当日、彼がまたがったコスモバルクは“いつものバルク”ではなかった。集中力を欠いてヘンなところでイレ込み、一方では妙に大人しかった。果たしてレースでは「まったく火がつくところのないまま」11着に大敗した。

 長距離輸送を挟まない臨戦パターンの変化に馬が戸惑ったのか、あるいはストレスや疲労が噴き出したのか。その理由は定かではない。しかしまったく走っていないことだけは誰の目にも明らかだった。課題とされた折り合いがついたわけでもない。ただ走る気を出さなかっただけ。極めて消化不良といえる内容で人馬は'04年の最終戦を終えた。

 有馬記念で天皇賞、ジャパンCに続く秋のGI3連勝を達成し、年度代表馬の受賞も確定的としたゼンノロブロイを表の主役とすれば、'04年の競馬界を牽引した陰の主役はコスモバルクに他ならなかった。ホッカイドウ競馬に本籍を置いたまま中央のGIに挑み続けたこの馬はいつでも話題の中心にいた。不可解な大敗を喫した最終戦を除いてレースでも毎回のように“GIに手が届く”潜在能力をアピールした。

 地方出身のスターといえば誰でも、ハイセイコーとオグリキャップを思い浮かべる。コスモバルクの人気は決して2頭のようには、例えば枯れ草が燃え広がるような勢いでは沸騰しなかった。しかし生木を燃やすような具合でゆっくりと火がつき、今では中央のどんなスターホースにも負けない別格の人気を博している。そしてその理由を突き詰めていくと、やはり“ホッカイドウ競馬所属”という本籍地に行き当たる。

 コスモバルクが持つ不思議な求心力の原点を私が改めて感じたのは菊花賞の後、「ジャパンCでは五十嵐からルメールに乗り替わる」というニュースを聞いたときだった。ごく一般的なファンの目にこの降板劇はどう映っているのだろう。とりわけ独特な人気の盛り上がりをみせていた地元・北海道における反応を知りたくなって、私は札幌在住の知人に電話してみた。

(以下、Number619号へ)

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