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柳沢敦 ミステリアス・ヤナ。 

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弓削高志

弓削高志Takashi Yuge

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posted2005/09/15 00:00

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[インサイドレポート]柳沢敦 ミステリアス・ヤナ。

弓削高志=文

text by Takashi Yuge

 この夏はイタリア・サッカーにとって、ちょっとばかり奇妙な夏だった。ジェノアは八百長で、トリノは粉飾決算でせっかくのセリエA昇格をそれぞれおじゃんにした。メッシーナはメッシーナで、税金未納問題で法廷闘争まで持ち込んでようやく今季のセリエA参戦が認められた。そんな、妖しげでミステリアスな面が未だ残るカルチョに嫌気がさしたのか、ナカムラもナカタも北の島国へ去っていった。ミステリアスといえば、そのメッシーナにヤナギサワという選手がいる。一昨季サンプドリアで15試合(先発2)、メッシーナに移籍した昨季は22試合(先発7)に出場した。合わせてプレーしたのは1200分。未だノーゴール。なのにクラブは面倒な保有権交渉をし移籍金を発生させてまで新たに3年契約を結んだ。代表じゃW杯予選突破を決めたらしいし、あのナカタが高い評価を与えているとも聞く。でも、ヤナが去年の夏の初めにこの町に来てから一年たっても、メッシーナの人間にはまだミステリアスな部分が残ってる。

 「なあ、ヤナってどんなレベルの選手なんだ?」

 DFフスコはふいにそう尋ねてきた。W杯予選、コンフェデ杯の後、短い休暇を終えて柳沢がキャンプ地ロッカポレーナ入りする晩のことだった。夕食後クラブが用意した娯楽スペースで山間の涼しい夜風に吹かれながら、本当のところはどうなんだ俺にはまだわからないんだ、そういう顔をしていた。おまえは昨季も一年間ヤナといっしょにプレーしていたはずだろう?

 一方でその晩こんな光景も目にした。登録問題に揺れる周囲を主将として何とか勇気づけようと腐心しているMFコッポラが、メッシーナからかけつけた熱心な地元ファンたちに「ヤナは」と真剣に説いている場面を目にした。日本メディア向けの外交辞令じゃない。

 「今年の夏の移籍市場で、クラブがやった最大の買い物はヤナだ。あいつはやる。今年は絶対やるよ」

 「わからない」という人間と確信を持っている人間がいる。柳沢は一体どこにいるんだ?

 昨季を7位という望外の好成績で終えたFCメッシーナ・ペローロにとって、この夏はピッチ外での闘いの連続だった。リーグ、協会を相手取った今季セリエA登録のためのクラブ会計再監査は国務院への上訴にまで及んで最終認可が降りたのが8月頭。これじゃシーズンへ向けた調整どころじゃない。夏の陽気に包まれるはずのキャンプは日々お通夜気分が続いていた。遅れて合流した柳沢は走りこみに集中した。鹿島、サンプドリア時代と比べて格段に「走る量がちがう」と漏らすほど汗を流して、問題解決へ奔走するクラブを心配しながらも徐々に新シーズンへの体を作り上げていった。

 イタリア最有力スポーツ紙「ガゼッタ・デッロ・スポルト」のメッシーナ番記者アレッシオ・ドゥルソは現時点の柳沢をこう斬った。

 「状況はシンプルだ。いい選手であることは認める。ただ結果としてゴールしていない。

 マーケティング面においてクラブにメリットがあることは十分理解しているが、それでも彼が今季結果を出せなければ放出されるだろう。率直に言わせてもらう。彼は先発の11人とは見なされていない。これが現実だ」

 今季のチームは「4-2-3-1」がベースになっている。FW枠争いは確実に厳しい。不動の1トップ、ザンパーニャは攻撃の柱。セカンド・ストライカーには勝負強いディ・ナーポリがいて、その控えとして有望なスクッリを獲った。左ウイングのスタメンにはイリエフが睨みをきかせている。急ピッチで調整が続くチームにあって、柳沢には2列目の左右ウイング、そして新たにその中央というポジションが与えられた。代表のように生粋の先発FWとしてプレーしたい、というのは柳沢がイタリアに来て以来の悲願に近い。

 「ヤナは今のポジションで生き残らなくちゃならない」

 地元TV局「RTP」のディレクターとして現場のモニター越しにメッシーナのサッカーを四六時中睨み続けているマッシモ・プレビーティは看破した。

 「セリエAで生き残ろうと思ったら、自分がやりたいと思っているポジション云々なんてクソみたいなもんなんだよ。ヤナが純粋なFWとしてザンパーニャやディ・ナーポリに割って入れるか?― ヤナには脚があるんだからサイドから崩すとか、中央からゴール前でボールを持ってないときの動きを鋭くするとかしかないんだよ。

 それから、なぜイタリア語を話そうとしないんだ?― 誰も流暢にしゃべれなんて言ってない。下手でもいいから、イタリア語でのコミュニケーションも頑張ってるってところを見せてくれればそれでいいんだ。それがファンの胸に届くんだよ。セリエAでやっていこうと思ったらそれも仕事のうちなんだよ」

 結果メディアでも触れられなくなり、昨季を通して地元でもヤナのミステリオーゾ(ミステリアス)感は増していった。

 だが、ここで今の柳沢を解き明かすヒントを投げかけた人物がいる。チーム内で彼を人一倍可愛がる、齢七十を越えた用具係ファッツィオである。甲斐甲斐しく働く白髪のシチリアの好々爺はこう言うのだ。

 「“パン”じゃよ」

 パン?

 「人間、好きなものは山ほどある。だがな、毎日食べられるのは、最後に残るのは、一番素朴でシンプルなパンじゃろが。ヤナはそんな男じゃよ」

(以下、Number636号へ)

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