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vs.トヨタ自動車、vs.東芝府中 清宮ワセダ 語り継がれるべき挑戦。 

text by

村上晃一

村上晃一Koichi Murakami

PROFILE

posted2006/03/09 00:00

 2月19日、「打倒トップリーグ」を掲げた清宮ワセダの挑戦が終わった。

 プロ的な強化を進める社会人と大学の実力格差が問題となり始めたのは'90年代のことだ。日本選手権での王者同士の一騎打ちは'96年度で幕を下ろし、翌年度から複数チームによる変則トーナメントが始まった。微修正を繰り返しながらの8シーズン、大学が準決勝に進むことは一度もなかった。学生王者は狙っても、パワーも経験も差がある社会人に勝つことを本気で考えるチームはなかったのである。

 ところが、現実的に日本一を狙うチームが現れた。それが、就任5年目、清宮克幸監督率いる早稲田大学だった。

 ラグビーの特徴は、ボールの争奪戦に勝たなければ攻撃できない点にある。ここがトレーニングの質と量、体格、タフな試合経験などあらゆる面で上回る社会人上位チームが勝つ最大の要因だった。

 しかし、清宮監督は「小さくても強くなれる」と、就任当初から「激しさ」をキーワードに選手を鍛え上げる。どんな相手にも真っ向勝負できる力強さと早稲田伝統の素速くボールを動かすワイド展開の融合は、大学選手権連覇に結実し、「打倒トップリーグ」という言葉に説得力を持たせた。

 清宮監督は学生王者を目指しながらもトップリーグの動向に目を配っていた。最終順位が見え始めた12月には、トヨタ自動車にターゲットを絞り、1月8日の大学日本一決定後、本格的に分析を開始する。

 ラインアウトのサインを解読し、戦略、選手個々の特徴を見抜き、確信を持って「勝てる」と言い切る。その言葉がメディアを通して伝われば、観客を呼び込み、トップリーガー達にじわりとプレッシャーをかけるだろうことまで計算済みだった。

 2月12日、日本選手権2回戦。早稲田大学対トヨタ自動車戦には、1万6000人を超える観客が集まった。

 前半7分にFB五郎丸歩がPGを決めて先制。23分、ゴール前ラインアウトからモールを押し込んでNo.8佐々木隆道がトライ。トップリーグ下位チームにもモールから失点していたトヨタの弱点をついた狙い通りの攻めだった。ラインアウトでも相手ボールを次々に奪取。後半10分にはLO内橋徹がトヨタSO廣瀬佳司のパスを見抜いてインターセプトし、60m独走トライを決めてみせる。

 元ニュージーランド代表が2人、日本代表も複数存在するトヨタは、持ち味のパワープレーを出すことなく、早稲田を過大評価して術中にはまった。それでも突破型FL菊谷崇、WTBセコベを投入した後半は猛反撃。25分には24-28と4点差にしてなおも攻め続ける。

 しかし、ここからは学生レベルでは群を抜く早稲田の反応スピードがものを言う。次々に足下に突き刺さるタックルを連発し、ついに粘り勝ち。シーズン当初から周到な準備を重ねた上での会心の勝利だった。ただし、早稲田が完璧に戦い、トヨタがミスを繰り返しても4点差である。この結果は、社会人に勝つことがいかに難しいかを表してもいた。

 「トヨタ戦の勝利でチームのミッションはある程度達成できました。次は次元の違う喜びに持って行きたい。未知への挑戦です」

 清宮監督がこう位置づけた準決勝の相手はトップリーグ王者東芝府中だった。

 「FWの力強さと仕事量、15人のゲーム理解度もずば抜けている」と高く評価する相手に準備期間は6日だけ。ここは持てる力をすべてぶつけるしかない。チームがさらなる進化を遂げればチャンスはある。先発メンバーでは、CTB池上真介に代えて谷口拓郎を投入。東芝の固い防御を崩すため、谷口のパスとスピードを買った起用だった。

 「CTB、WTBは全員が50mで6秒を切れる選手になった。このスピードは明らかに東芝に勝っている点です」

 2月19日、秩父宮ラグビー場は2回戦を上回る1万7000人の観衆で埋まっていた。しかし、大半が早稲田サポーターという雰囲気の中で社会人王者は冷静だった。

 「(トヨタは)難しいことをし過ぎていた。単純に自分たちのいちばん強いところを出して駆け引きなしでいこうと考えました」(東芝府中・薫田真広監督)

 フィジカル面の強みを生かし、東芝はシンプルに身体をぶつけた。HO青木佑輔、FL豊田将万ら早稲田FWの主軸が次々と地面に突っ伏す。トヨタ戦では制圧したラインアウトも早稲田は12本中5本しか確保できなかった。それもサインの解読というより、スロワーの癖を見抜かれ圧力をかけられたもの。東芝はトップリーグの熾烈なボール争奪戦の経験で圧倒したわけだ。早稲田も反応よくタックルを繰り返したが、終盤はついに足が止まった。学生相手には優位に立てる接点の攻防で劣勢になったことがダメージになった。

 0-43。7トライを奪われての完封負けである。しかし、疲労困憊の肉体を気持ちで動かした渾身の挑戦は見る者の心に響いた。

 「早稲田の防御は賞賛に値します」。薫田監督も学生王者の闘志を称えた。大観衆の温かい拍手は、あきらめずに戦い抜いた学生王者への慰労と感謝の拍手にも聞こえた。1年生FL豊田が悔し涙を流す。抱き合って頬を濡らす佐々木とSH矢富勇毅は何を想うのか。

 「僕が監督をした5年間で一番強いチームでした。春はそれほどでもなかったのに、課題をクリアしてどんどん強くなった。凄い成長を遂げた1年でした」

 今季限りで勇退する清宮監督も涙をぬぐった。身体を張ってチームを率いた佐々木キャプテンは「ここをスタートラインにしてほしい」とさらなる進化を後輩達に託した。

 明確な目標設定に基づく挑戦は見事だった。圧倒的な力量差があったはずのトップリーグからの勝利は、長く語り継がれることになるだろう。

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