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“恐竜”リケルメは現代を生き抜けるのか。 

text by

横井伸幸

横井伸幸Nobuyuki Yokoi

PROFILE

posted2006/05/25 00:00

 良いモノは時代を超えて好まれる。

 絵画に焼き物、衣服に髪型。自動車のデザインや音楽もそう。ただ、それらは全て趣味の分野の話だ。勝負事であるサッカーの世界では、ちょっと難しかろう。実際的な戦術は日進月歩だし、選手はアスリート化していく一方。一昔前のスタイルを受け入れる余地などないと考えるのが普通だ。

 ところがアルゼンチンにフアン・ロマン・リケルメという選手がいる。

 彼のプレースタイルは古い。白黒映像の試合にCG合成しても、それほど違和感はないといわれるほど古い。コロンビアを中心に、特に'80年代後半から'90年代半ばまで活躍した稀代のパサー、バルデラマはこういう。

 「リケルメは誰よりも俺に似ているよ。ピッチでの動き方がね。あいつは生まれついてのパサーだ」

 ピッチでの動き方──リケルメの特徴の1つで、前時代的なポイントの1つだ。

 味方ボールになった際、リケルメは常にボールサイドに現れる。一所に留まってパスを待つのではなく、自らボールホルダーの方へ寄って行き、数メートルのところまで近付いてボールをもらう。そこまではいい。

 特異なのは、どんなときも、ほとんどダッシュしないことだ。スピードという因子が日に日に重みを増していく現代のピッチの上で、リケルメは淡々と同じペースで走る。試合の真っ只中だというのに、健康維持の早朝ジョギングでもしているかのように。速く走れないわけではないのだが、それが彼のスタイルなのだ。

 身長は182cmで体重は75kg。体格は決して悪くはない。だけれど力は強くない。だから接触を嫌い、ディフェンダーに詰められる前にボールを放して衝突を回避する。それでも寄せられてしまったら、あっちへ行けとハンドオフする。これは上手い。

 もう1つ、リケルメが現代の選手と異なるのは、守備をしないところ。

 味方ボールの際は全てのパスの発着点となるリケルメだが、相手ボールになった瞬間、存在感を失う。ポジション上マッチアップする相手ボランチに対し、積極的にプレッシャーをかけたりすることはない。目の前にボールが来たら足を出すぐらいのことはするが、必死に追いかけたりはしない。自ら蚊帳の外に出て、屈強でよく走る仲間がボールを取り返してくれるのを待つ。そんな感じである。

 つまり攻守が複雑に素早く連係する現在の戦術をまるっきり無視したプレースタイルなわけだ。これでは合理性重視、すなわちフィールドプレイヤー全員が無駄なくプレーに関わる今の時代のサッカーには馴染めない。事実、リケルメは1度ダメ出しされている。

 2002年の夏、「南米最後の大物」としてボカ・ジュニアーズからバルセロナに移籍したときのこと。当時タイトル日照りに泣いていたバルサを救う英雄候補としてリケルメは大いに期待されたが、結局、活躍どころか試合に出してさえもらえなかった。

 理由は当時の監督ファン・ハールが1人のスターによるサッカーではなく、チームによるサッカーを志向したから。戦術上の駒として機能しないことがわかっている彼は入団会見のその日から構想外扱いされたのだった。

 しかしである。初めに戦術ありきとせず、選手に合わせて戦術を調整すれば、この手の問題は解消できるのではないか。

 これまで前時代的ゆえの、どちらかというと悪印象を与える特徴ばかり挙げてきたが、一方でリケルメは、そんじょそこらの選手がいくら背伸びをしても絶対に届かない、宝物のような才能を持っている。だからリケルメを10人中の1人とするのではなく、〈リケルメと9人の仲間たち〉でチームを作れば、監督はその宝を自由にすることができる。

 そして、これこそ現在リケルメを擁するビジャレアルとアルゼンチン代表が選んだ道である。両チームともリケルメ頼りを揶揄されることがしばしばあるが、なにしろ確信犯だ。批判は痛くもかゆくもない。最初はいくらか犠牲を払ったことだろう。骨が折れたことだろう。しかし後に得た利益を考えたら、そんなものハナクソである。サッカーがボールを扱うスポーツである限り、たとえ古くさいスタイルといわれようと、リケルメは天才なのだ。ドイツ代表監督クリンスマンが「ほとんど完璧」というのも大げさではない。

リケルメの持っている“宝物”とは。

 たとえば、代表レベルの選手にとって正確なボールコントロールはできて当然だろうが、そんな中でリケルメのタッチには常に唸らされる。ボールを支配するというより、触った瞬間、手なずけてしまう。

 キックもそう。短い距離でも長い距離でも狙ったところにそれこそミリ単位で、適切な強さのパスを出すことができる。その延長上にはフリーキックがあり、直接ゴールを狙うときも、誰かの頭か足を狙うときも、右足で蹴られたボールはピンポイントで標的を捉える。ミドルシュートはまっすぐ飛んでグイッと落ちる、いわゆるドライブシュート。某サッカー漫画を愛読していた人は必見である。

 スピードもずば抜けている。が、もちろん走る速さではない。これはアルゼンチン代表のペケルマン監督に解説願おう。

 「リケルメは遅いという人がいるが、ボールを持った彼は決して遅くなんかない。動くべきはボールであって、選手ではないのだ」

 リケルメには並外れたゲームビジョンと相俟って瞬時に次のアクションを決められる、頭の回転の速さがある。ここは待つべきと判断したらボールを足の裏で操って何秒もキープする一方で、ダイレクトのパスもぽんぽん蹴る。前が詰まると見れば迷わず後ろに戻し、そうかと思えば味方さえ欺きそうな鋭いパスを縦に通してクレスポに、テベスに、メッシにゴールをお膳立てする。

(以下、Number653号へ)

フアン・ロマン・リケルメ

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