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福原愛 ターニングポイント。 

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阿部珠樹

阿部珠樹Tamaki Abe

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posted2005/02/03 00:00

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[全日本2冠から中国リーグへ]福原愛 ターニングポイント。

阿部珠樹=文

text by Tamaki Abe

 野球でも競馬でも3冠はむずかしい。卓球も同様。福原愛の「人気」と「天才」をもってしても、全日本選手権での3冠はならなかった。最初の決勝種目の混合ダブルスでは準決勝、決勝ともストレート勝ちして、力の違いを見せたが、これまでベスト8が最高だったシングルスが壁になった。

 ベスト8進出をかけた6回戦、日本生命の末益亜紗美に3ゲームを先取され、その後盛り返してファイナルゲームまでもつれこんだが、最後に力尽きた。去年の成績に及ばない6回戦での敗退は、精神的な打撃が大きかったろう。

 午前中にシングルスの敗退が決まったあと、午後からはダブルスの準決勝、決勝が組まれていた。小西杏と組んで連覇しているダブルスで、シングルスの敗退が影響しないか注目されたが、準決勝は危なげなく通過する。そして決勝では、5ゲームマッチで2ゲームを先取され、第4ゲームも5度、マッチポイントに追い込まれながら逃れて、最後は逆転勝ちで優勝した。4年もペアを組んでいるコンビネーションのよさが出たともいえるが、追い詰められたときの精神力の強さを見せてくれた内容だった。

 結局、今年は2冠。3冠制覇は来年以降に持ち越された。もし3冠を達成していたら、45年ぶりの出来事だったが、福原本人は、そのことを聞かれても、「朝刊でその記事を読んで、そんなことがあったんだなあと思ったけど、まずはひとつひとつという気持ちで」と、あまり気にかけているようには見せなかった。

 しかし、父の武彦さんによると、「愛のシングルスに対する思い入れは強かったし、負けたあとはかなり落胆していた」というから、言葉以上に3冠への意識はもっていただろうと思われる。常識的に考えれば、まだ16歳で、これまでシングルスベスト8が最高という福原が、ふたつはともかくシングルスも含めた3冠をリアリティを持って狙うのは少し無理があるようにも思うが、そこが普通の高校生、16歳とは違うところなのだろう。

 それにしても不思議なのは、全日本でベスト16どまりだった福原が、アテネ・オリンピックでもベスト16まで進んだという事実だ。全日本に優勝してもオリンピックでは早々に敗退というのが、今の日本選手の世界でのポジションだろうが、福原は全日本でも世界でも、ベスト16に入る。オリンピックだけではない。一昨年の世界選手権でも初出場にもかかわらず、日本チームでただ一人、シングルスベスト8に進んでいる。外弁慶というべきか、相手なりというべきか。

 全日本での試合ぶりを見ても、力がかなり下と思われる相手に、力んでミスを重ねたかと思うと、拮抗した相手にみごとなつなぎやスマッシュを決めて見せる。混合ダブルス、ダブルスとも、試合のステージが上がるほど好プレーが多くなっていた。強く叩けば叩くほど、大きな音が出る鐘。なんだか、昔、坂本龍馬が西郷隆盛を評した言葉がそっくり当てはまりそうな愛ちゃんなのだ。

 去年まで、全日本女子チームの監督を務めていた西村卓二に、この点を聞いてみた。

 「ひとつには、世界の大会のほうが精神的に楽だからでしょうね。相手はキャリア、実力とも上だから、向かっていける。もうひとつは、特に欧州の選手にいえることなんですが、福原の体格やプレーぶりを見て、多少なめてかかるようなところがある。そこを突いて、どんどん攻めて行き、いつの間にかよい成績をあげる。ところが、全日本になるとそうはゆかない」

 西村は、ジュニアクラスから一般クラスで戦うようになったころ、福原にいって聞かせたことがある。

 「日本には20万人くらい女子の卓球選手がいるけど、全員がおまえを目標にして倒そうとするんだよって。本人は黙って聞いていましたけど」

 アイドル、天才卓球少女に加え、2度の世界大会でベスト8、ベスト16と日本選手の中でも最高の成績をあげた。目標にされていることは、この大会でもはっきり見てとれた。なにしろ、試合になると、報道陣がぐるりと周りを取り囲むのだから、相手も張り切らざるを得ない。それを受け止めながら、シングルスを逃したとはいえ、2冠を達成したのだから、まずはみごとなものである。

 ダブルスの優勝を果たしたあとの会見を聞いた。そこで、福原の秘密をひとつ、のぞいたような気がした。

 福原も小西も、午前中のシングルスで敗退し、残るはダブルスの試合だけだった。当然、集中しなければならないところだが、あまり集中したり、やっつけで練習しても成果は出ない。そのあたりは経験豊富なペアである。ふたりは試合までの待ち時間を、トランプをして過ごした。少し照れながら、そのことを明かしたあと、福原がつづけた。

 「シングルスで負けた上に、トランプでも全然勝てなくて、今日は勝負運がないなあって」

 シングルスで負けていて、ダブルスでの「必勝」の気持ちは強かった。にもかかわらず、リラックスするためにトランプをする。それだけではなく、トランプの勝ち負けに「勝負運」を読む。これは、高校生の発想ではなく、勝負師の発想だろう。外見に惑わされてはいけない。けなげでかわいい「愛ちゃん」は、勝ち負けのタイトロープを何年にもわたって歩みつづけているプロ中のプロなのだ。

 だから、ここぞという場面で、すばらしい集中力を発揮する。シングルスの6回戦。最後には力尽きたが、内容は濃い。相手の末益は完全なカットプレーヤーではないが、スライス気味のボールを多用し、トリッキーな複数のサーブを持つ、技巧派の選手である。相手の強打を前で跳ね返してポイントを取るのがうまい福原にとってはやりにくい相手で、過去にも2度、敗れていた。

(以下、Number620号へ)

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