里谷多英や上村愛子らと肩を並べるまでに躍進を遂げた昨シーズン。誰にも負けない強い気持ちをもって、一歩ずつ確実に成長の階段を
上ってきた彼女は、バンクーバーの表彰台で一番高い場所を目指す。
試合直後の言葉が、今も強く印象に残っている。
「今日死ぬわけじゃないですから」
'09年3月、猪苗代で行なわれたフリースタイル世界選手権モーグル。4位に終わり、わずかに表彰台に届かなかった伊藤みきは、目を真っ赤にしながら言った。
自分の心情との、究極の折り合いのつけ方といってよいかもしれない。その場面をあらためて尋ねると、笑った。
「ああ、そういえば言っていましたね。本当に思ったことを全身で表現するタイプなので、うれしいときは全身でうれしいし、悔しいときは、たぶん体の全部の細胞が悔しがってるんだろうなというくらいの状態になるんです。けっこう疲れる性格ですね。あ、でも、全身で悔しがっている自分を、笑っている自分もいるんですよ。あ、ほんまに悔しいんやな、ふふふ、みたいな感じで」
周囲の誰もが、そして自身でも、「強烈な負けず嫌い」だと言う。その心を武器に、世界のトップを望む位置までたどり着いた彼女は、オリンピックを前に、今まで経験したことのない状況のなかで戦っている。
伊藤は一歩ずつ階段を上るように成長してきた。
日本のモーグル女子は、長年にわたり里谷多英、上村愛子が牽引してきた。2人の後を継ぐように現れたのが伊藤である。
これまでの経歴を振り返れば、一歩ずつ階段を上るように成長してきたと表現するにふさわしい。
'05年2月、猪苗代のワールドカップで入賞した高校2年生の伊藤は、その年の3月、フィンランドで行なわれた世界選手権の日本代表に抜擢される。大会では予選落ちに終わるが、翌年のトリノ五輪にも選ばれ、今度は決勝進出を果たした。結果は20位。
そして'07-'08 シーズンには、ワールドカップで日本選手としてただひとり、全戦決勝進出を果たす。入賞も5度を数えた。
迎えた昨シーズン。丁寧なターン技術に磨きがかかった伊藤は、2月上旬、バンクーバー近郊のサイプレスで行なわれたワールドカップで4位と、表彰台に迫る滑りを見せる。この大会は、オリンピックと同じコースであり、プレ五輪と位置づけられていた。そのため強豪のそろう地元カナダ勢をはじめ、選手たちはいつにも増して、気合いを入れて臨んでいた。そのなかで上位につけた意義は大きかった。手ごたえを得ると、ノルウェー・ボスの大会では3位となり、ついに初の表彰台を果たす。
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(更新日:2010年1月2日)
筆者プロフィール
松原孝臣
1967年、東京都生まれ。大学卒業後、出版社勤務を経てフリーライターに。著書に『お酒の資格と仕事』『高齢者は社会資源だ』など。その後「Number」の編集に10年携わり、再びフリーに。五輪競技を中心に取材活動を続け、夏季は'04年アテネ、'08年北京、冬季は'02年ソルトレイクシティ、'06年トリノ、'10年バンクーバーと現地で取材にあたる。

























