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ハンドボールの一番熱い日。 

text by

生島淳

生島淳Jun Ikushima

PROFILE

photograph byYukihito Taguchi

posted2008/02/14 16:11

 国際ハンドボール連盟(IHF)の、アジア予選やり直し正式決定から準備期間はたったの10日間。それでもマスコミが大きく「中東の笛」の問題を取り上げたことで、関係者が「日本のハンドボール史上、もっとも重要な試合」と語るほどまでに期待は膨らんだ。たった1試合に込められたものは北京五輪への切符だけでなく、今後のハンドボール界の命運であった。

 1月30日、男子の試合が行われた代々木競技場に集まった観衆は10257人(メディア関係者も含む)。スタンドは青の日本、赤の韓国に二分され、「青と赤の激突」の様相を呈した。スティックバルーンを使っての応援、隣人の声が聞こえないほどの場内アナウンスなど、まるでバレーボールを髣髴とさせる騒然とした雰囲気だったが、メロディに合わせて「ニッポン」コールが起きるあたりは、サッカーのサポーターを連想させた。同時刻、代々木から約2キロの国立競技場ではサッカー日本代表がボスニア・ヘルツェゴビナと戦っていたが、サッカーの熱気がそのまま代々木に移植されたかのようであった。

 前夜、日本女子はこの熱気の中で自分たちのリズムを失った。序盤からボールが手につかず、試合が始まってからわずか9分でスコアは1対7。過去2回、五輪で金メダルを獲得している韓国とは格が違った。

 しかし、男子には「番狂わせ」の期待があった。実際には1990年から勝ち星はなく、2引き分けをはさむ15連敗中だったが、日本ハンドボール協会の市原則之副会長は「男子は2、3点差の勝負。気持ちが勝敗の分かれ目になるだろうし、地元の利を生かしたい」とホームで戦う優位性を強調していた。

 選手の士気も高かった。

 「大輔、ハンドボールをメジャーにして来いと言われ、そのつもりで戦いました」

 これまで積極的にメディアに出演し、ハンドボールの認知を高めてきた宮﨑大輔は、そう語り、まさに日本ハンドボールの興廃はこの一戦にあり、といった決死の雰囲気が感じ取れた。

 問題は、韓国のエースをどう止めるかにあった。

 韓国には身長203cm、ドイツのプロリーグで7度も得点王になった尹京信がいる。尹は昨年、豊田市で行われた五輪予選でも立て続けに日本のゴールネットを揺らした。この「人間山脈」の得点力を最小限に抑えることが日本の大きな課題となった。

 日本の酒巻清治監督は、尹に対して2人、時には3人のマークをつけて徹底的に「ハラスメント」を仕掛けるプランに出た。楽に動けないように嫌がらせを行ったのである。

 この作戦は奏功した。終わってみれば尹は2点のみ。酒巻監督の作戦は当たった。守備の陣形を試合中に修正しつつ、さらには坪根敏宏、四方篤の両ゴールキーパーが好セーブを見せ、観客席をヒートアップさせた。

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