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力投を生んだ固い結束。 

text by

永谷脩

永谷脩Osamu Nagatani

PROFILE

posted2007/11/15 00:00

 53年ぶりの日本一を祝うビールかけの最中、大先輩の川上憲伸の頭にビール瓶を傾けながら、朝倉健太は言った。

 「憲伸さんだけですよね!― 勝てなかったのは!」

 川上は答える。

 「そうなんだよな。去年と同じになっちゃうかと心配したよ。お前たちが頑張ってくれて助かったよ」

 その傍らでは、中田賢一が笑っていた。

 中日の投手陣は、森繁和バッテリーチーフコーチを中心にまとまってきた。“森組”と呼ぶ人もいる彼らのリーダー格が川上である。来年にはFA資格を得る 32歳は、「自分の夢を実現したい」とメジャー挑戦も視野に入れている。それだけに、ここ数年、自分の後継者となるエースを育てたいという気持ちを強く持ってきた。川上が日頃から積極的に若手へアドバイスを送っているのは、そのためでもある。

 朝倉や中田に対してはキャッチボールの大切さをいつも説いているし、山井大介にはヒジに負担をかけないフォームを作るよう助言した。明大の1年後輩である小笠原孝には、走り込みの重要性を教えている。「アイツは勝ち星は少ないけど、1年を通じてローテーションを守ってくれたからな」と落合監督が信頼を寄せたスタミナは、その走り込みによって生まれたのだ。森コーチが言う。

 「自分の成績だけでは優勝できないことをよく理解していて、投手陣全体の底上げを考えてくれる。真のエースですよ」

 川上の指導の成果は、今季の成績に如実に表れている。朝倉が12勝、中田は14勝、開幕二軍スタートだった山井も6勝を挙げた。

 「今シーズンは、僕の勝ち星(12勝)以外に、1歳違いの健太と賢一がお互いを刺激し合って、二人とも二桁勝利を挙げてくれたのが大きかった」(川上)

 森コーチは、抑え投手を務めた自身の西武時代を振り返りながら、こう語っている。

 「今の中日の状態は、強かった時の西武によく似ている。長男格のトンビ(東尾修=現・解説者)がいて、(工藤)公康(現・横浜)がヤンチャな次男坊で、(渡辺)久信(現・西武監督)、(郭)泰源(現・台湾代表監督)たちも競い合ってオレにつなごうとしていた。今のチームにも、岩瀬(仁紀)につなごうという雰囲気がいつもある」

 お互いに競争し合いながら、川上を中心に強い一体感で結ばれた投手陣の力は、日本シリーズでも遺憾なく発揮された。シリーズの戦い方について、森コーチが次のような興味深い指摘をしている。

 「投手陣は、“縦の糸”と“横の糸”を結び合いながら勝たなければいけない。縦の糸というのは、先発、中継ぎ、抑えとつないでいくこと。横の糸とは、初戦に投げた投手のデータを2戦、3戦とつないでいき、4勝に導くこと。先発に右の本格派が3人もいるのは有利だった」

 初戦、川上は初回にセギノールの3ランを浴び、黒星を喫している。しかし、失投をそのままにするのではなく、“横の糸”を次につなげる努力を続けていた。女房役の谷繁元信が言う。

 「一発の後も、意識的に憲伸には内角を攻めてもらった。それを十分に理解して投げてくれたことが、第2戦以降に役立ったと思う」

 第2戦の中田、第3戦の朝倉が、「内角を意識した相手に、外角で攻められた」(谷繁)のも、第1戦のピッチングがあったからこそなのだ。川上は、「自分のミスで迷惑をかけたから」としか語らなかったが、「エースとはチーム全体を考えられる存在でなくてはならない」という明大時代からの教えが、胸の中にはあったに違いない。

 その一方で、“縦の糸”のキーマンとなるのが、岩瀬である。川上より1歳年長の岩瀬は、何をするにも一目置かれている。投手陣が集まるミーティングの際も、意思決定は「まず岩瀬さんに聞いてから」となるという。谷繁も、「大事な場面で出てくる岩瀬に余計なことは言わない。一番いい球を自信を持って気持ちよく投げてくれればいいのだから」と先発組との扱いの違いを認めている。「岩瀬さんにつなげば勝てる」という共通認識でチームが結びついていたのは確かだ。森コーチはこう語っている。

 「勝利の場面は岩瀬だから、パーフェクトの山井を代えても、みんなそれが当たり前だと思っているはず」

 日本一が決まった直後、歓喜の輪が解けた時、川上と抱き合う森コーチの姿があった。そして、岩瀬とは目で合図を送り合っていた。エース、守護神とコーチの関係が良好だからこそ、若い投手も気兼ねなく自分のピッチングに打ち込むことができる。中日の日本一の陰には、深い信頼に支えられた投手陣の絆があったのだ。

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