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カーワン・ジャパンW杯激戦譜。 

text by

藤島大

藤島大Dai Fujishima

PROFILE

posted2007/10/18 00:00

 7点を追う。場内スクリーンの国際映像が示す時計はフルタイムの80分を過ぎた。

 終わるか。まだ終わらない。

 試合終盤になると、公式計時とテレビ局が独自に計る時間には若干のズレが生ずる。画面77分の時点で、当代屈指のレフェリー、ジョナサン・カプランさんの「あと4分ある」の声はマイクに伝わっていた。ジャパンには攻撃の機会が残された。

 攻める。攻め切れず。ハレ・マキリが右インゴールへ蹴り入れた。やや長い。こんどこそ、おしまいか。そうではなかった。カナダの選手がボールに身を挺しながら、手で故意に外へ出すペナルティを犯した。

 そこから総攻撃を仕掛けて、チームのほとんどがラックに参加し、右へ。途中出場でリズムを生んだSH金喆元はマキリへつなぐ。さらに平浩二へ。前方は無人。それでも心配になる。無事、飛び込むと、あと2点。こんどは難しい角度のゴールが待っていた。

 「ゴールキックがあるので喜べなかった」

 背番号12、大西将太郎は、半時間後に言った。サッカーのPK戦のように後方で肩を組み見守る14人の「気持ちを乗せた」(大西)ボールは、動いているのに止まっているみたいにHポールの内側を通過した。

 優勝したかのような歓喜ははじける。勝ったのではない。同格のカナダと引き分けただけだ。気持ちはわかる。記者席にいてもうれしい。うれしいのだが、ふと違和感もよぎる。ここまで選手たちは喜んでいいのだろうか。

 よくぞ追いついてくれた。その感動。

 勝てる試合を勝ち切れない。そんな不満。

 ふたつの見方がないまぜになる。

 はたしてジャパンのW杯キャンペーンは成功なのか?― 心打たれ、なお複雑なカナダ戦の結果は、実は大会全4試合に通底する甘くない現実を示しているのではないか?

 強行日程もあって30人のスコッドを完全に2分割、いわゆる「控え組」で挑んだオーストラリア代表ワラビーズには大敗(3-91)した。ベストの布陣で臨んだフィジー戦は終盤に追い上げる大接戦(31-35)、世界8強級のウェールズには完敗(18-72)を喫した。それぞれスコアも内容も異なるが、たとえば対ワラビーズ、対フィジーの両試合が裏と表の関係かといえば、そうではない。どちらのチームも体を張り、闘争心は束ねられ、されど、日本らしい攻防で世界を驚かせるまでには至らなかった。

熱を帯びた闘争集団は、なぜ結果を残せなかったか。

 カナダ戦を終えた直後、JKことジョン・カーワンHCは次のようにコメントした。

 「ほろ苦い(bittersweet)時間だった。我々は勇敢であることを示せた。しかし、必ずしもうまく戦えたわけではない」

 それは、そのまま大会の総括にも重なる。

 JKの最大の功績は、指導者を信じ、自分たちのラグビーを信じて、迷わずに突き進む闘争集団をつくりあげたところにある。'91年W杯、宿澤広朗監督のジャパン以来、忘れ去られ、手が届かなかった領域だ。その意味で、はっきりとジャパンを蘇生させた。

 JKのジャパンには熱があった。しくじって、なお盛り返すチームの団結もあった。フィジー戦では、専門職のSHを相次いで負傷で失いながら猛追できた。なんべん転んでもまた起きる一途な姿勢は、見る者の感情を動かした。なんだか精神論に偏っているようだが、実際、勝負に臨むにあたって、チームが燃え上がる、チームに一本芯が通ることは欠かせない条件なのである。ことに、ジャパンのように体格や経験に劣る「挑む側」にとっては、それなしでは話にならない。

 カナダ戦前日の練習終了後、大西将太郎に「このジャパンのいちばんいいところは」と聞いた。肋軟骨を痛めながら出場を決めたプレースキッカーは、まるで考える時間を要さずに言った。

 「選手がJKを信じ切っているところです」

 そして続けた。

 「でも、そのことは、まだ僕らしか知らない。だからカナダに勝って示したいんです」

 無尽蔵のごときスタミナで気を吐いたロック大野均にも同じ質問をした。

 これも即答だった。

 「JKの熱を全員が感じているところ」

 そういえばワラビーズ戦の2日後、フランス遠征中のサントリー・清宮克幸監督とトゥールーズ郊外で話す機会があった。鋭くジャパンを見つめる人物は、攻め手の見つからない大敗に戦術上の厳しい意見を述べながらも、こう見抜いていた。

 「チームの熱は、むしろ(強豪に猛タックルで善戦した)前回大会よりも伝わってくる」

 カナダ戦直後、箕内拓郎主将にもジャパンの長所はどこかを確かめた。

 「気持ちの部分。JKは、すべてに100%で臨む。その姿勢を見て、選手たちも、すべてに100%で取り組んだ。そこでしょうね」

 前半、カナダのあわやトライの場面を、責任感みなぎる反応で防いだキャプテンは答えた。

 JKのチーム構築法はオーソドックスだ。戦術に応じて求められる技術を定め、個別に整理して落とし込んでいく。

 フッカー松原裕司によればこうだ。

 「パズルのようなものなんですよ。選手は、ひとつのピースで、それぞれの役割を明確に指示される。わかりやすいんです」

 世界最先端の情報は、JKの培ったネットワークを経て入手できる。スクラム、ラインアウト、ブレイクダウン(タックル後のボール争奪局面)、タックル、ディフェンスのシステム、キックやパス、ひとつずつのノウハウは強豪国と大差はない。国際ラグビー界の顔であるJKが、「正しい」メニューを「100%」の迫力で教えるのだから、選手の意識にブレは生じなかった。

 指導者を信じてチームは熱を帯びた。基本戦術と技術は効率的に落とし込まれた。つまりはリングに立つ資格は得られた。あとは終了ゴングの鳴った後、腕を差し上げてもらえるかだ。しかし、桜のジャージィは「ドロー」の宣告に躍り上がるのが精一杯だった。

 どうしてだろうか。

 JKの思い描いた「日本人のラグビー」の細部が突き詰められていなかったからだ。

 ワラビーズ戦、いくら気持ちを込めても、中途半端な低さのタックルでは弾き飛ばされた。防御の間合いを詰め切れず、ほんの少しでも考える時間と空間を与えてしまうと、世界最高のCTBスターリング・モートロックは止まらなかった。

 地を這う鋭利なタックル、相手がパスを受けた瞬間には鼻先にいるようなディフェンスの出足、手さばきの速さでズレをつくる技術、体格差を埋めるスタミナ……。ジャパンに必要なパートは、残念ながらまだ身体化されていない。ことにパス能力に欠けるため「攻撃の確信」がつかめない。ボールを持った時、なんとなく、危うい感じなのだ。

 初戦の結果と内容は、残り試合を待たずにジャパンの将来像についての結論を導いたのだと思う。すなわち現状の思考の範疇にとどまっていては「永遠にワラビーズには追いつけない」という現実である。

ジャパンに求められるより先鋭的な「速さと低さ」。

 どうやら日本のラグビーは、またもや古くて新しい命題に立ち返らなくてはならない。

 独自性を創造せよ。それも極端に。

 国内ではハードヒットとタフネスで鳴らすナタニエラ・オトは、ワラビーズ戦後のミックスゾーンでつぶやいた。

 「大きくて強かった」

 こちらが、いくら体を大きくしても、向こうはさらに大きくなる。「相手のほうが大きくて強い」は、永遠の前提となる。

 挑む側の最低限の条件は「チームの熱=指導者と選手の信頼関係」である。そして挑む側が強豪国と本当の勝負をするためには、どこかで何かに上回らなくてはならない。結局のところ、それは「素早さ」と「巧さ」と「スタミナ」に行き着く。我々の代表は、近距離での加速力、俊敏性、巧緻性、持久力を存分にいかしたスタイルを選択するほかない(そのために世界一早くラックへ到着するSHが選ばれなくてはならない)。

 フィジー戦は、スクラムやラインアウトから素早く仕掛けてラックを形成、火花のようにボールを散らせば、あれだけ粗雑な防御システムなのだから破れた。ウェールズのタックルは甘く、果敢に攻めれば、あそこまで失点せずに済んだ。塩もソースもない硬いステーキ肉みたいなカナダになら、速攻また速攻で大量得点も可能だった……。

 もとよりJKその人が「日本人のラグビーを追い求める」と公言してきたのだ。「世界一速く、世界一低いディフェンスを」。異議ナシ。何度でも書くけれど、ジャパンに熱と信頼をもたらした功績はきわめて大きい。JKの就任までのジャパンは、国内のレベルに比べて不当に弱過ぎた。元オールブラックスの名WTBが日本ラグビーの潜在力をすくい上げてくれたのは事実だ。ただしJKのイメージする「速さ」と「低さ」では、まだ世界のトップ級には通用しない。これもまた事実である。

 ジャパンが、フィジーではなく、ましてカナダなんかでなく、ワラビーズとの勝負をあきらめないのであれば、どうしても、より先鋭的な「速さと低さ」は求められる。フィジーには通じたのだから「段階は踏めている」という意見は正当だ。でも、ワラビーズに対して何か上回るもの(たとえば速攻の精度)を持っていれば、あの午後の出来のフィジーにならそれで勝てた。

 ジャパンだけの倒し方、ジャパンだけの走り方、ジャパンだけの当たり方、ジャパンだけの理論と戦術……。どうすれば「大きくて強い」一流国を倒せるのか、英知を結集して新しい方法を創造しなくてはならない。

 大会を通じて、トンガ(魂)、グルジア(腕力)、それに純粋アマチュアのポルトガル(ボールを手にする喜び)ら、日本と同格かそれ以下の中堅国の奮闘が目立った。どこも環境は厳しいが、身体能力には恵まれており、W杯出場決定後の短期強化でみるみる力をつけた印象だ。乱暴に述べれば、体が強ければ、一般的に正しい理論と技術はすぐに成績に反映される。ジャパンは少し違う。

 大器、186cm、92kgのWTB遠藤幸佑のような例外もあったが(カナダ戦でのトライ時のステップはJKの全盛期の生き写しだった)、ジャパンの突破とフィニッシュの多くは、ルーク・トンプソンを始めとする外国人選手によるものだった。そしてジャパンの15人は外国籍の選手だけでは埋まらない。

 「上をめざすなら、オーストラリア、ウェールズとの試合を分析すべきかもしれません。足りないところはたくさんありますが、むしろ何が通じたのかを確認したい」

 カナダ戦直後、箕内主将は言った。

 そうだ。上をめざそう。

 ジョン・カーワンHCは、大会後、約1年の契約を残している。少なくともそこまでは日本国内の指導者と一緒に活動して段階的に引き継ぐのが既定方針である。もちろんW杯後の人事は、どこの国でも流動的で、次大会までの延長、もしくは新監督への交代の可能性も否定できない。いずれにせよジャパンの将来像としては、国内の強靭な人間を選び育て、独自の技術を長い時間かけて仕込み、人材に恵まれないチーム(挑む側)の発想で戦っていく、もはや、それしか残された道はない気もする。

 世界の列強は、サイボーグのように強く、速く、細部の技術研究も緻密にして旺盛だ。はるか遠くへ去るのを傍観するのか。指の先でもつかまえるのか。日本のラグビーは岐路に立たされている。

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