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ヒーローが出てこない新感覚空手小説。 

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posted2004/11/04 00:00

ヒーローが出てこない新感覚空手小説。<Number Web>

 「稽古が終わると、『ああ、今日も一日生き延びたな』と思うんです」

 空手道場を舞台にした連作小説である本書の著者、永瀬氏は、自身が学生時代に極真空手の本部道場に通った経験を持っている。

 「世界最強、しかも世界で一番厳しいと言われている道場に入ってみたかったんですよ。どんなものなのかなあと思って。興味があったんです。実際に入ったらメチャクチャな目に遭いましたね(笑)」

 当時は故大山倍達氏のもと、本部道場の全盛期と言われた時代。本気で空手で食べていこうとする猛者たちが全国から集まっていた。しかし、現実は厳しかったという。

 「空手を専業でやっていくと、どうしても生活が大変なんです。希望に燃えて道場を開いても経営が苦しいという話は、僕もたくさん耳にしてきました。でも、そういう姿って愚直で僕は好きなんですね。そんな男たちの話を書いてみたいと思ったんです」

 本書の主人公は、広告代理店をリストラされて再就職活動中のうだつのあがらない男、藤堂忠之。先輩の神野聖司に頼まれ、経営の行き詰まりかけた道場をなんとか守ろうと悪戦苦闘している。

 そもそも道場の経営が苦しくなったのは、神野の指導があまりに厳しく、人が集まらなかったから。神野は空手の強さでは無敵だが、一切の妥協なく強さを追求する姿勢は、町の道場の経営者には向いていなかった。失望した彼はやがて失踪してしまう。

 「純粋な人というのはもろいですよね。彼も空手は強いけど、生きることには不器用なんです」

 いっぽう、やはり武道家としてのこだわりは持ちながらも、道場存続のために手を尽くす藤堂のもとには、やがて次々と奇妙な入門希望者たちが現れるようになる。

 オヤジ狩りに遭い復讐に燃える中年サラリーマンの富永、総合格闘技に挑もうとする落ち目のプロレスラーの姫野、謎のロシア人美女ハンナ、ひきこもりの高校生の佐野、かつての神野や藤堂と同じ道場の後輩で、ビジネスの世界で成功したアメリカ人バンビ……。人の好い藤堂は、彼らの持ち込むトラブルに、後輩の健三や、いつの間にか道場に居座った富永らとともに挑んでいく。

 「僕は、肉体的な強さというものをあまり信用していないんですよ。本当に強い人間とは、藤堂のように生きていくことを諦めない人間だと思う。諦めないし、他人のことも見捨てない。そういう人間は、僕にとってひとつの理想なんです」

 物語は、ヤクザ、スパイ活動、ハゲタカファンド等々、多くの犯罪ノンフィクションを手がけてきた永瀬氏ならではのテーマを織り込んで進んでいくが、魅力的な登場人物たちが引き起こす笑いによって、非常に軽妙な印象に仕上がっている。中でも特筆すべきなのは、ケタ外れの厚かましさを持つ中年サラリーマンの富永。素人に毛の生えた程度なのに、当然のような顔をして藤堂に黒帯を要求するエピソードなど、抱腹絶倒となること間違いない。

 「僕が言うのもおこがましいんですけど、いま日本は元気がないじゃないですか。周りにもリストラされた人がいっぱいいますし。だから、とにかく読んで楽しい気持ちになれるものが書きたかったんです。これを読んでいる間だけでも元気になってもらえたら、それ以上の喜びはありませんね」

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