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日本選手権を見て、有賀剛が感じたこと。 

text by

大友信彦

大友信彦Nobuhiko Otomo

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photograph byShinsuke Ida

posted2006/03/23 00:00

日本選手権を見て、有賀剛が感じたこと。<Number Web> photograph by Shinsuke Ida

 「カップを二つに分けるわけにもいかないし。W杯でも延長戦をやってるんだし、検討課題ですね。検討課題」

 2月26日の日本選手権決勝。東芝府中とNECの死闘が6対6のトライレスドローに終わったあとで、日本ラグビー協会の森喜朗会長はそう話した。

 日本ラグビー界では同点の場合は抽選、決勝なら両者優勝という習慣が根強いが、W杯では'95年大会決勝の南アフリカ×NZで初めて延長戦が実現。以来3大会連続で行われている。記憶に新しい'03年大会ではイングランドと豪州が死闘を繰り広げ、再延長突入直前にウィルキンソンのサヨナラDGでイングランドが劇的戴冠。森会長はこの熱戦を生で観た鮮烈な経験から、延長戦導入に踏み込んだ言葉を発したのだ。実は延長規定は、'87年の第1回W杯から定められている。疲労の極限で体を張る選手には頭が下がるが、選手も監督も世界の舞台に出ればそのルールを適用される以上、記者は国内でも延長戦導入を望みたい。「日本選手権」というステータスの高い大会は、日本と世界を繋ぐ存在であってほしい。

 その日本選手権で話題をさらったのが学生王者・早大だ。トヨタを破り、東芝に挑んだ奮闘を、「熱いチームだなあ……」と観客席から注視していたのが、宿敵・関東学院大の有賀剛だった。

 「ワセダは東芝に負けても悔しさで泣いていた。相手がどんなに強くても、自分たちの強みを出す方法を考えて戦う。僕らは相手が社会人でも普通に戦うだけだった。それじゃ強い相手に勝てない」

 チーム事情から、3年の秋に主将を拝命。ヤマハの山村亮、トヨタの水野弘貴、三洋の霜村誠一ら大駒がごっそり抜けたチームを獅子奮迅の働きで2シーズン率いたが、頂点にはあと一歩届かなかった。

 「ワセダの強さは組織力。僕らはまとまりで勝とうと思ったけど、あれだけ能力ある選手たちがそれ以上にまとまってた。そりゃ強い」と宿敵を称えながら「でも僕らも、自分たちで考えてラグビーをできたのは財産になったと思う」。

 4月からはサントリーへ。宿敵を率いた清宮監督、さらに早法慶というライバル校の主将たちとともに、国内最高のタレント集団に加わる。「一日一日、勝負です」。孤高の2シーズンを勤め上げた闘将が、今度は才能の群れで野性を解き放つ。

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