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高橋建、連勝の秘密はオーロラビジョンにあり。 

text by

永谷脩

永谷脩Osamu Nagatani

PROFILE

posted2008/06/12 00:00

 若いころ速球派として活躍した投手が、年齢を重ねていくことでストレートが通用しなくなることは往々にしてある。その時、フォーム改造や変化球を憶えることで、新しいタイプの投手に変貌する例は過去にも多くあった。

 今年6勝(5月27日現在)をあげている広島東洋カープの高橋建は、まさにそのタイプの投手である。今年でカープ一筋14年目。39歳のベテランになった。

 若いころは、ストレート中心の強気のピッチングで巨人戦を沸かせていた。しかし先発で勝ち星を上げられなくなると、中継ぎにまわされた。左腕の先発が足りないこともあり、再び先発に戻ったのは昨年のことだ。

 「先発を経験した人間にとって、いつ投げるかわからない中継ぎはコンディション作りが難しい。中継ぎをやってみて、規則正しく投げられる先発のありがたさがしみじみわかりました」

 広島には佐々岡真司という同世代の投手がいた。速球派でならした佐々岡は、ベテランになると緩急を操る技巧派として活躍した。それを見て、自らも緩急で勝負する技巧派になるべく昨年からシンカーを使い始め、今年に入りようやくコツをつかみ始めた。「手首を柔らかく使うため、ボールの出所が見えず、タイミングがとりにくい」と中日の田中彰チーフスコアラーも舌を巻く決め球となった。

 高橋がこの手首の使い方を覚えたきっかけのひとつは球場のオーロラビジョンだった。'08年のスローガン「野球力」と共に、往年の名選手のピッチングフォームが映し出されるあの映像である。

 「金田正一さんや江夏豊さんのフォームを見ていて、手首を柔らかく使っているのが分かった。自分も真似をしてみたら、『間』がとれるようになって、打者のタイミングをずらせるようになった」

 「間」というものは教えようとしてもできるものではなく自分で感じるもの、とソフトバンクの王貞治監督は言ったことがあった。高橋はバックスクリーンの映像から感じ取ったのだ。

 横浜高から拓殖大に野手として進学し、投手に転向したのは大学3年の時。「投手の肩は消耗品というけれど、ぼくのはまだ新品同様」という39歳。'05年、阪神・下柳剛は37歳で最多勝のタイトルを獲得したが、その記録を更新する日も近い。

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