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ドバイW杯と有馬記念。
名牝に課せられた大舞台。
~ウオッカの勇退とブエナの勇躍~ 

text by

片山良三

片山良三Ryozo Katayama

PROFILE

photograph byKiichi Yamamoto

posted2009/12/25 06:00

ドバイW杯と有馬記念。名牝に課せられた大舞台。~ウオッカの勇退とブエナの勇躍~<Number Web> photograph by Kiichi Yamamoto

牝馬で初のGI7勝を達成したウオッカ。ドバイワールドカップ終了後は繁殖入りの予定

 ウオッカ(牝5歳、栗東・角居勝彦厩舎)のジャパンカップは、ルメール騎手が「やられていると思う……」とうなだれて帰ってきたほどの、文字通りの辛勝。抜け出すときの脚はすごかったが、そのあとが甘くなってしまうあたりが距離の壁なのかと勝手に解釈していた。

 しかし、その後「鼻出血だった」という発表。

 ウマは鼻でしか呼吸ができない動物で、レース中の鼻出血は即ち呼吸困難を引き起こす。そう考えると、たとえレース中の発症であったとしても、最後の数メートルに影響を与えたかどうかのレベルだったはずだ。それでも陣営が潔く自己申告した(微量のそれであっただけに隠し通すこともできたはずだから)のは、最後の脚が鈍ったのはそういうわけ、とウオッカの名誉のために精一杯胸を張ったのではなかったか。

 しかし、プライドの代償は決して安くない。レース中、あるいはレース直後の鼻出血は、外傷性のそれを唯一の例外として「1カ月間の出走停止」が科せられる。ファン投票1位であっても、ウオッカの有馬記念出走はこの時点でなくなってしまったのだ。史上最多タイのGI7勝を手土産としての引退説も実しやかに吹聴されていたが、谷水オーナーの決断は現役続行。新しく建設されたメイダン競馬場を舞台として、さらにスケールアップして行われるドバイワールドカップ(3月27日、オールウェザーコース2000m)参戦というプランだった。

ウオッカが抜けた後の有馬はブエナビスタの独壇場に!?

 '08年、'09年はひとつ格下のドバイデューティフリー(芝1777m)に参戦して4着、7着とひと息の成績。今回からオールウェザーにコースがかわる(これまではダート)ことを見越し、さらに1着賞金が360万ドルから600万ドルに大幅に積み上がったことを契機としての最高峰のレースへのステップアップ。まさに不世出の名牝にふさわしい花道だ。

 反面、有馬記念(12月27日、中山芝2500m、GI)のメンバーはずいぶんと薄くなった。ウオッカに続いて、JC鼻差2着のオウケンブルースリも疲労残りを理由に早々に回避を表明。どうやら、安藤勝騎手から横山典騎手に乗り替わるブエナビスタ(牝3歳、栗東・松田博資厩舎)が人気と話題の中心になるようだ。このことも、数年間続いている「牝馬の時代」を象徴しているのかもしれない。

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