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全日本を盛り上げる
船木誠勝のプロレス復帰。 

text by

門馬忠雄

門馬忠雄Tadao Monma

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photograph byHiroki Watanabe

posted2009/10/07 06:00

全日本を盛り上げる船木誠勝のプロレス復帰。<Number Web> photograph by Hiroki Watanabe

武藤敬司デビュー25周年大会でプロレスに帰ってきた船木は、全日本と1年契約を結んだ

 全日本のマットが、船木誠勝、曙らのシリーズ参戦で盛り上がっている。

「オイ、船木、プロレスをやれ!」

 そんな声が飛んだのは、9月13日の東京・後楽園ホール、船木vs.稔(フリー)のシングルマッチ。だがこうしたヤジの一方で、90kgに満たぬシェープアップされた赤銅色の肉体に驚き、掌底の連打にどよめく。お客さんの反応はまちまちだった。結果は、8年8カ月ぶりの本格復帰を果たした船木が変化技で食い下がる稔を8分54秒、バックドロップでねじ伏せ、キャリアの違いを見せつけた。

40歳にしてプロレス再デビューの「新入生」。

 船木の再デビュー戦は8・30両国国技館のタッグマッチだったが、「やっぱり新入生というか、転校生みたいな感じですね」と実戦のカンがつかめず、まだ戸惑いを隠せないでいる。

 筆者は'07年の大晦日、船木がDynamite!!で桜庭和志に敗れた際、「彼はきっとプロレスに戻ってくる」と感じていた。どういうルートを辿るにせよ、復帰は遅いか早いかの問題だった。

 '85年3月、15歳11カ月の若さでデビューした優治(まさはる)少年。「家計を助けるため!」と新日本に入門した泣かせるイガグリ君だった。年の割には太腿の発達が凄い。当時、新人の中で抜群のセンスを誇っていた。そんな優治少年とダブって見えた冒頭の後楽園の試合、得意のドロップキックの打点と伸びはいまひとつ、ブランチャーも稔にかわされ、中途半端に終わった。とはいっても、スムーズな関節技の切り返しのタイミングはさすが。あとは場数が解決してくれる。

7年間のブランクは純プロレスのリングで取り戻す。

 新日本→UWF→藤原組→パンクラス、'00年12月に引退、'07年12月に総合で復活と、複雑な経路を辿った船木。彼の24年間の格闘技生活をどう捉えるか、その評価は、各年代層、ファン層によって様々だろう。だが、'00年5月のヒクソン・グレイシー戦という勲章があったにせよ、'07年までの「空白の7年間」は、あまりにももったいなかった。

 ともあれ、船木には武藤敬司という名トレーナーがついた。技術的には何ひとつ不安はない。彼の加入によって、全日本では、曙とともに様々なバリエーションのカードが楽しめる。ひょっとしたら、鈴木みのるとのコンビも見られるかも。武藤・全日本は、いい買い物をした。

■関連コラム► 王道と一線を画した全日本が見せる活気。 (2009年3月12日)
► 船木vs.桜庭に期待する渋き輝き。 (2007年12月18日)

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