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王、大豊を継ぐ男、林威助が目指すもの。 

text by

永谷脩

永谷脩Osamu Nagatani

PROFILE

posted2007/06/28 00:00

 6月10日のソフトバンク戦。阪神・林威助が延長10回に放ったサヨナラ本塁打は、王貞治監督の前で打ったことに意味があった。

 交流戦初戦にソフトバンクと対戦した時、母国・台湾の英雄である王監督から「WBCの時より思い切りがよくなった。この調子で頑張れ」と激励された林。まだ規定打席には達していなかったものの、3割5分を超える打率を残していた自分を気にしてくれていた王監督に対して、「恩返し」といえる一撃だった。

 林と王監督の縁は浅くない。台湾から福岡・柳川高に留学し、2年間で通算47ホーマーを記録した逸材の情報は、当然、地元ホークス・スカウトの耳にも入っていた。その後、近畿大に進学しても活躍を続けたが、即戦力を求めていたホークスが、ひじやひざに持病がある林をドラフト下位の指名で検討していたところ、阪神に先を越されてしまい獲得できなかったのだ。

 入団から二軍暮らしが続き、リハビリと体作りに励んでいた林が、ようやく大器の片鱗を見せたのは'06年。しかし、3割を打ったもののなかなかレギュラーには定着できずにいた。阪神OBの江夏豊氏が残念がっていたことを思い出す。

 「ハングリーだし良いものを持っているけれど、守るところがないんだ」

 しかし今季、濱中治の不調から先発で起用されることになる。初スタメンとなった4月7日の巨人戦で、いきなり本塁打を打ってから好調を持続し、6月3日の日ハム戦でついに規定打席到達。打率10傑に名を連ねたのだ。札幌から移動する時、「台湾の両親に送るため」と、自分の名前が載っているスポーツ紙を何紙も買い込み、「この日が待ち遠しくて仕方がなかった。今、頭にあるのはチームが勝つことと、最後まで打率10傑に残ることです」と、嬉しそうに語っていた。

 目標は、台湾から日本プロ野球界入りした先輩、大豊泰昭だ。食事をともにした時に「戦いは避けて、可愛がられる台湾人でいたほうがトク」と言われたことを今でも守っている。

 秋には母国で行われる北京五輪予選を控える。「国際試合で勝つと国から賞金も出るし、頑張ります」と言う林。そのハングリー精神を失わない限り、日本にとって手強い存在となりそうだ。

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